2019年6月14日 (金)

横浜中華街で食べ放題~

6月になってお約束通りの梅雨入りとなりました。しとしとぴっちゃん位ならいいですけど、雷を伴った大雨や期待通りに降らなくてダムが枯渇っていうのは困りますね。

どうか災害のない梅雨が過ごせますように…

さて美術館を出て次の目的地、横浜中華街へと向かいます。
横浜中華街2019-2-01
横浜からJR石川町駅に移動。立派な門が見えて来ました。「延平門(えんぺいもん)」です。西口の門です。
中華街の入り口には東西南北を固める4つの門の他にも大小幾つかの門があります。
西口から入りましたのでまずは西門通りを進みます。

横浜中華街2019-2-02
「善隣門」この先は中華街大通りです。中華料理の店が並んでいますが、もう少し散策してからにしましょう。

横浜中華街2019-2-03
足元の点検も忘れてはいけません歩道の敷石に組み込まれているのは横浜市のシンボルマークです。
1909年(明治42年)横浜港開港50周年の記念事業の一環として徽章デザインの一般公募があり決定されました。カタカナの“ハ”と“マ”が組み合わさっています。(わかりにくいけど、クリックしてみてくださいね)
カタカナの組み合わせといえばうちの高校の徽章もカタカナの組み合わせだったなあ~。トとヨ…

横浜中華街2019-2-01
「横濱関帝廟(よこはまかんていびょう)」
お土産などを買って通りを歩いて行くと立派な廟がありました。

横浜中華街2019-2-05
三国志の英雄・関羽将軍が祀られています。信義・忠勇の武将関羽の精神を、歴代の王朝は世人の手本とし、様々な称号を贈ったのでした。

横浜中華街2019-2-06
三国志は漫画で読んでも長かったし、どうも劉備が好きになれなかったのですが…。関羽は真面目、張飛はおっちょこちょいという印象でした。

横浜中華街2019-2-07
きらびやか~。中央の像が関帝です。黒くて長い髭が分かるかな?(クリックすると大きくなります)「関帝誕」という関帝の誕生日を祝う祭りが旧暦6月24日に行われるそうです。
龍踊りや獅子舞、中国伝統芸能の巡行パレードがあって賑やかなお祭りが開催されます。
狭い路地もぐるぐる回ってそろそろお腹が空いてきました。
さあ3時間飲み放題付きの中華料理へGo!

横浜中華街2019-2-08
とりあえず叉焼。本場の叉焼は縁が赤いのです

横浜中華街2019-2-09
点心いろいろ。二人前です。一口サイズだからどんどん行けます。

横浜中華街2019-2-10
北京ダックは食べたい枚数を注文します。
(食べているのは皮だけど、残った身はどうなるんだろう?)

横浜中華街2019-2-11
中華料理は野菜も美味しい。3時間でラストオーダーですよと言われたときはもうお腹いっぱい~
帰ったらお土産に買った中国茶でしっかり油抜きしないとね。

横浜中華街2019-2-12
中華街のお土産は「はりねずみまんじゅう」
可愛いので食べちゃうのが可哀そうかしら?
小さいけれど揚げてあるので満足感あります。
6個入ってるパックがお買い得でした。

横浜中華街2019-2-13
「黄金柱」は福建省産ウーロン茶ですが口当たりが軽やかで「柱」は金木犀の意味なので華やかな香りを楽しめます。
丁寧に入れて飲まないとね。中国茶を飲ませてくれるお店にも行ってみたいなあ~

横浜中華街2019-2-14
中華街のお土産「亀ゼリー」をあげたら食べている画像が送られてきました。
コラーゲンたっぷりに過剰な期待を抱いているようです


横浜中華街2019-2-15
遊んでばかりじゃないですよ。ちゃんとお針子してました。
横浜から帰ってから舞台で着るベストを4枚、落語会の方に頼まれた浴衣などを縫いあげて~目が疲れた><

横浜中華街2019-2-16
ご褒美に新色の紫陽花を買いました。
「コットンキャンディー」という名前がついています。
綿あめのような柔らかい色オフホワイトからピンクに色が変わります。
雨が降っても紫陽花が咲いていると気持ちが明るくなりますね。

カタツムリに会いたい・こまち&洋子

ポチッとよろしく!

| | コメント (10)

2019年5月22日 (水)

美術館への道(横浜そごう美術館)

4月も2週目になると桜前線は随分と北上していき、うちの近所はすっかり散ってしまいました。寒さもすっかり和らいでお出かけ日和。日帰りで横浜まで行ってみました。気になる美術展が横浜駅の前にあるそごう美術館で開催されていました 横浜そごう美術館2019-1-01
高野山金剛峰寺・襖絵完成記念「千住博」展
世界的に活躍する画家・千住博は日本画家の新しい可能性を追求してきましたが、画業40年の集大成として「瀧図」と「断崖図」を高野山金剛峰寺の大主殿に奉納することになりました。
記念の展覧会はそごう美術館が最後の会場となりました。

大主殿の「茶の間」「囲炉裏の間」の二つの障壁は合わせて約40m。襖絵は42面もあります。
横浜そごう美術館2019-1-02
「断崖図」(部分・絵葉書より)縦1.827m横16.766m
勿論一枚ではなく襖の幅で十数枚に分かれています。実際に飾り付けられるときは襖仕立てになるのでしょうか?
高野山へ行って確かめねばですね。
この崖の絵は和紙を細かく揉んで皺を作り、岩絵の具を流し込んで岩肌の凹凸を表現しています。
油彩画のように絵具を塗り重ねた重さはないのですが、作者の渾身の力が込められている迫力を感じました。

横浜そごう美術館2019-1-03
「瀧図」(部分・絵葉書より)
この部分は瀧図の真ん中に位置していて高さが3.67mもあります。そごう美術館はデパートの中にある美術館で天井が低いため、展示されていませんでした。

横浜そごう美術館2019-1-04
「瀧図」(部分・絵葉書より)縦1.827m横21.591m
会場内のビデオルームでは、この瀧図を描く過程が放映されていました。
まず、キャンバスの和紙に濃灰色の岩絵の具を均等に塗り、乾いてから水を上から流した後、胡粉(貝殻を砕いた白い粉)を水で溶いたものを流して瀧のうねりを表現しています。
瀧の裾はエアブラシで仕上げています。

横浜そごう美術館2019-1-05
「龍神・Ⅰ・Ⅱ」(軽井沢千住博美術館蔵)
2015年のベネツィア・トリエンナーレで特別展示された作品。この作品は撮影OKでした。
蛍光塗料で描かれた瀧はブラックライトを当てることで青く変化します。

横浜そごう美術館2019-1-06
青くなる少し前の色

横浜そごう美術館2019-1-07
部屋が暗くなってブラックライトが当たると瀧が青く輝きます
日本画の新しい可能性を模索してきた千住博の一つの到達点でしょうか。
高野山の「瀧図」は技法は似ていますが、この作品よりもさらに深く、山奥の霊場のような雰囲気があって良かったと思います。

横浜そごう美術館2019-1-08
「朝」(日本空港ビルディング株式会社蔵)
初期から現代にいたる代表作品30点が展示されていました。
とても分かりやすい日本画もあって、この金色に輝く朝の風景はそれほど大きくないので壁に飾られたらいいなと思いました。

軽井沢千住博美術館の様子もビデオで紹介されていました。
美術館というと、暗くて乏しい光の中で作品を鑑賞するイメージですが、ここは明るいですね。
いつか行ってみたいけど日帰りは無理かなあ?
軽井沢千住博美術館 

横浜そごう美術館2019-1-09
デパートのレストラン街でお昼を頂きました。海が見える窓辺に座りたかったけど…
横浜そごう美術館2019-1-10
この後中華街で食べ放題をするからお昼は軽めにと言われ、軽くイタリアン~。
メインのピザとパスタは2人でシェアしました

デセールって知ってますか?
横浜そごう美術館2019-1-11
愛知県の三河地方のパン屋さんで昔から製造販売されています。
語源はデザートからですけど、デザートにしてはちょっと重い。
パンとクッキーの中間くらいの硬さです。二つ重ねの間にバタークリームが入っています。
甘いです。子どもの頃は憧れのおやつでした
豊橋市~豊川市を通られたらぜひ一度召し上がってみてくださいね(一度で十分です)

換毛期でまた痩せて見える・こまち &洋子
ポチッとよろしく!

| | コメント (14)

2019年5月 7日 (火)

美術館への道(MIHOミュージアム)

この春、もう少しで桜が咲く頃でしたが、日本に3つしかない国宝の曜変天目茶碗が同時期に展示されるとのことで、一番近いけど一番行きにくい滋賀県、信楽にあるMIHOミュージアムへ行って来ました。
京都まで新幹線で行ってJR琵琶湖線で石山駅まで戻り、臨時バスでMIHOミュージアムへ直行。山の中にあるので立って50分もバスに揺られるのはちょっと大変でした

MIHOミュージアム2019-01
山の中にぱっと開けたエントランス。無料の電気自動車が運航されています。
半円形の庇が出ている建物はレセプション棟。
前庭の丸い中心に立ってみなさいねと、この美術館の常連さんが教えてくださいました。

MIHOミュージアム2019-02
この円の真ん中に立つとレセプション棟の半円に広がった窓すべてに自分の姿が映るのです。
ここから500mほど歩きます

MIHOミュージアム2019-03
あの門の向こうに枝垂れ桜の並木が続いているのですが、まだ早かったかな

MIHOミュージアム2019-04
トンネルが見えてきました。美術館はまだ先なのです。

MIHOミュージアム2019-05
枝垂れ桜が満開の頃は人がいっぱいだそうで、電気自動車は運行しませんし、このトンネルの中も人で埋まってしまうそうです。

MIHOミュージアム2019-06
トンネルの出口からは美しい造形の橋になっています。
正面に見える屋根が美術館の玄関です。
広大な敷地100万㎡もあるそうです。山2つ分かな?

MIHOミュージアム2019-2-007
(撮影/by hiro)
私が行った時よりも20日程後は枝垂れ桜が満開だったそうです。
美術館の建物は半ば山に埋もれるように建っているので全容は写せません。

08
2019年春季特別展「大徳寺・龍光院(りょうこういん)国宝・曜変天目と破草鞋(はそうあい)」を鑑賞。
破草鞋(はそうあい)とは何ぞや?
「破れた草鞋(わらじ)を表す言葉。 転じて、自らが学んだ法や修めた道をちらつかせることなく、人知れず平凡に、ひとつの破れたわらじのように生きていくことこそが禅の修行の境地である」
という意味だそうです。
大徳寺・龍光院は武将・黒田長政が父・黒田如水(官兵衛)の菩提を弔うために江月宗玩を開祖として1606年に建立されました。
堺の豪商で茶人の天王寺屋・津田宗及の次男として生まれた江月は優れた禅風と高い教養の持ち主で寺には一流の文化人が集い、天王寺屋伝来の名宝の多くが龍光院に寄進されました。

MIHOミュージアム2019-09
(展示パネルの寺の写真より)
普段は一般公開をしていないので、この門より中へは入れません。

MIHOミュージアム2019-10
(展示パネルより)
寺犬がいるんだね。

MIHOミュージアム2019-11
(展示パネルより)
国宝・曜変天目茶碗
中国の建窯で作られたとされていますが謎が多く、偶然に浮かび上がった星のような斑紋が不吉だとされて全て砕かれてしまったという話も伝わっています。
現存するものは世界中でたった四つ。その全てが日本にあります。三つは国宝に、一つは重要文化財に指定されています。

MIHOミュージアム2019-2-014
(絵葉書より)
重要文化財・耀変天目茶碗はここMIHOミュージアムの所蔵品です。
龍光院とは別の展示室(北館)に飾られていました。

MIHOミュージアム2019-2-012
油滴天目茶碗と螺鈿唐草文天目台
重要文化財です。茶碗を載せる台の螺鈿細工がとても美しく、侘び茶とはまた趣が違うのですね。
展示で面白かったのは茶入れの形をそのままに写した「切型」でした。
59枚もあってそれぞれの特徴、表面の模様なども描きいれてありました。

MIHOミュージアム2019-13
北館の中庭は和風のしつらえです。

MIHOミュージアム2019-15
MIHOミュージアムの建築設計は、パリ・ルーブル美術館のガラスのピラミッド、ワシントンのナショナルギャラリー東館などで世界的に知られているI.M.ペイ氏によるものです。
三角形と六角形の組み合わせがモダンな天井。

MIHOミュージアム2019-16
地下1階のフロアにあるモザイク画
古代ローマの邸宅の床を飾っていたものです。

MIHOミュージアム2019-2-017
(絵葉書より)
ガンダーラ仏 2世紀後半期
この仏様だけのために作られた部屋は天井の灯り取りから柔らかな光を受けています。

MIHOミュージアム2019-2-018
(絵葉書より)
隼頭神像 エジプト・紀元前1295~1213年頃

特別展示は北館で、常設展示は南館でエジプト、中国・西域、南アジア、西アジアと膨大な数のコレクションが展示されていますので、一日かけてゆっくり観賞するのがお勧めです。

MIHOミュージアム2019-20
あまりにも多くの展示物を見たのでお腹が空きました。
美術館棟には喫茶室が、入口のレセプション棟にはレストランがあります
食材、調味料は農薬を一切使わない秀明自然農法で作られたものだそうです。
野菜たっぷりのパスタと自家製のパンを頂きました。

MIHOミュージアム2019-2-019
(絵葉書より)
枝垂れ桜が満開の頃はライトアップもあるようですが、こんな風には見えないでしょうね。
観光バスも数台来ていたし、マイカー用の広い駐車場もありましたので連休中はさぞ賑わったことでしょう。
特別展は5月19日までです。
冬季は休館になりますのでお出かけの際はこちらで→MIHO ミュージアム 確認して下さいね。

野菜よりも肉が好き💛こまち&洋子

ポチッとよろしく!

| | コメント (17)

2019年4月30日 (火)

何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ⑥)旅の終わりは三島~

 

韮山反射炉から程近くに「蛭ヶ島」という旧跡があります。

 

伊豆・三島2019-6-01
ここは平治の乱で敗れた源氏の御曹司・源頼朝が配流されたところで今は小さな公園になっていますが、当時は川の中洲でした。
蛭が多かったのかちょっと気味の悪い名前です
頼朝は14歳で流されて34歳で平家討伐の旗揚げをし、弟・義経たちと合流して平家を滅亡させ、鎌倉幕府を打ち立てます。約20年もの間ぼーっとしていたわけではありません。関東の豪族・北条時宗の娘・政子と恋に落ちたのです時宗に猛反対され婿を押し付けられそうになった政子は熱海の東にある伊豆山権現に逃げ込み、頼朝を手紙で呼び寄せて結ばれたのでした。(政子のほうが行動的)

伊豆・三島2019-6-02
頼朝31歳、政子21歳。
北条時宗も仕方なく頼朝を北条館に迎え入れたのです。おかげで頼朝は平氏討伐の挙兵準備を進めることができました。

伊豆・三島2019-6-03
頼朝と政子の縁結びにちなんだ梛(なぎ)の木
伊豆山権現の梛の葉をお守りとして持っていると願いが叶う、好きな相手と結ばれるという故事が伝わっています。

伊豆・三島炉2019-6-04
赤とんぼが止まっていました。
これから相手を探しに行くのでしょうか


伊豆・三島2019-6-05
配流になったとはいえまだ若さの真っ盛り。馬でこの辺りを駆け回っていた頼朝はかなりの男前だったと言われています。
弟の義経のほうが人気はあるけれど、頼朝の肖像画と比べると義経のほうが見劣りするかもしれませんね。

伊豆・三島2019-6-06
珍しい茅葺屋根の葺き替えが行われていました。

伊豆・三島2019-6-07
タクシーの運転手さんがぜひにと連れて行ってくれた「願成就院」でしたが、お休みで中を拝観することはできませんでした
鎌倉時代の創建で北条時宗の菩提寺だそうです。
ではお昼ご飯にしましょう

伊豆での最後の食事は三島へ
三島といえばうなぎです。有名店もいろいろありますが、運転手さんお勧めの「姫しゃら」さんへ行きました。
伊豆・三島2019-6-08
店の横に名前の由来、姫シャラの木が植わっています(左の木肌が赤っぽい木が姫シャラ)

伊豆・三島2019-6-09
豪華にうな重を食べる人、カキフライ定食(鰻付き)を選ぶ人、それぞれでしたがひつまぶしにしました。
茶碗蒸しもついててお腹いっぱい
少し歩いて腹ごなししなくては


伊豆・三島2019-6-10
三島には富士山の伏流水が川の中に湧き出している柿田川湧水群があります。
国道沿いの大きな公園の横に柿田川が流れていて遊歩道が整備されています。
三島梅花藻が有名ですが冬なので花は見えませんでした。

伊豆・三島2019-6-11
展望デッキから柿田川の湧水スポットを見ることができます
川底から水が湧き出ているのです動画じゃないのでわかりにくいですね。

伊豆・三島2019-6-12
砂が黒っぽく舞い上がっています。

伊豆・三島2019-6-13
都市開発の影響で湧水量が減少していくのを食い止めるため、公益財団法人・柿田川みどりのトラストが設立され、流域の土地を買い上げて自然環境を保全する運動が繰り広げられています。
展望デッキで湧水群の保全について説明されている方がいらっしゃいました。

伊豆・三島2019-6-14
旅の最後は三島大社へ。
来る年もいい旅ができますようにとお参りしました


伊豆・三島2019-6-15
お土産は~富士山ようかんパッケージが可愛いので買ってみました。
伊豆・三島2019-6-16
ようかんも富士山の形。まずまずのおいしさでした。

伊豆・三島2019-6-17
せっかくわさび田に行ったので本わさびを1本買ってきました。
わさびは摺り下ろして食べちゃいましたが、葉っぱが奇麗だったのでずーっと花瓶に入れてました
三か月後、とうとう新芽が出なくなったのでサヨナラしました

わさびより鰻が食べたかったこまち&洋子

ポチッとよろしく!

| | コメント (8)

2019年4月21日 (日)

何処へ(伊豆へちょっこお出かけ⑤)韮山反射炉

修善寺から伊豆半島の付け根を目指して向かったのは世界遺産・韮山反射炉。
伊豆・韮山反射炉2019-5-01

幕末、列強諸国にに対抗するための軍事力の強化を幕府に進言していたのが韮山代官・江川太郎左衛門でした。
ペリー来航を受け、幕府もついに海防体制の抜本的強化に乗り出し、鉄製大砲鋳造の反射炉と品川台場の築造を決めました。
反射炉の仕組みは簡単に説明は難しいのですが、内部の天井がドーム状になった炉体部とレンガ積みの高い煙突の組み合わせによって炉内部がの熱が天井に反射して一転に集中し、鉄を溶かす千数百度の熱を得ることができるというものです。
伊豆・韮山反射炉2019-5-02
焚口がわかります。燃料は石炭でした。

伊豆・韮山反射炉2019-5-03
レンガは現在の河津町で生産されていました。当初は下田で建設が始まっていたのですが、ペリー艦隊の水兵が敷地内に侵入したためこちらの韮山に移転したのだそうです。

伊豆・韮山反射炉2019-5-04
こんな大砲を作っていたのでした
世界遺産に登録されてからは、ボランティアガイドの方が詳しく説明して下さいますし、隣には立派な「韮山反射炉・ガイダンスセンター」もできましたのでゆっくり見られるといいと思います。

伊豆・韮山反射炉2019-5-05
韮山代官・江川太郎左衛門の像と反射炉。撮影スポットです~
隣のお土産屋さんに気になるものが…

伊豆・韮山反射炉2019-5-06
「パン祖のパン」とはいったい何でしょう?
一個130円買ってみましょう。

伊豆・韮山反射炉2019-5-07
江川太郎左衛門さんが考えた日本で初めて作られたパンなのですって。
ちょっとかじってみましたが、硬い!歯が折れそうです。
保存、携帯しやすいパンを兵糧にしようと自邸に窯を築いてパンを焼かせたそうです。
乾パンより味が無くて硬くてぅぅぅ

韮山反射炉の見学と合わせて代官のお役所があった江川邸にも行ってみました。
伊豆・韮山反射炉2019-5-08
とても立派なお屋敷です。江川家住宅は重要文化財に代官役所の跡地は史跡になっています。

伊豆・韮山反射炉2019-5-09
大河ドラマの撮影があったのですね。東京からなら近くて便利だったかも。島津家屋敷に??薩摩藩は討幕派だけどいいのか?

伊豆・韮山反射炉2019-5-10
とても広くて主屋の中もぐるっと見学できます。中には江川太郎左衛門の自画像や反射炉、台場などの資料がたくさん展示されています。
土間の広さは50坪もあって圧倒されました。

伊豆・韮山反射炉2019-5-11
庭も広くて紅葉がいっぱいでした

伊豆・韮山反射炉2019-5-12
老木に小鳥の休憩所が備え付けられていました。

伊豆・韮山反射炉2019-5-13
竹を利用した傘立て。観光客のためのですね。

伊豆・韮山反射炉2019-5-14
米倉や武器庫が立ち並んでいます。
建てられたのは幕末から明治、大正と時代はいろいろです。

伊豆・韮山反射炉2019-5-15
パン祖の碑
昭和28年、全国パン協会が江川太郎左衛門(英龍)を「パン祖」として顕彰し、この碑を建てました

12月の初めなので観光客は少なかったのですが、せっかく世界遺産に登録されたのだから沢山の方に見て頂けるといいですね。
反射炉の隣にある売店の上まで行くと富士山が見えるそうです(晴れていればですが…)

葡萄パンは食べちゃいけないと言われてるこまち&洋子
ポチッとよろしく!

| | コメント (14)

2019年4月 3日 (水)

失われた絵文字たち

👀 3月19日のリニューアルでココログオリジナルの可愛い絵文字が無くなってしまいました。今使える絵文字ははっきり言ってつまんない。見てる人も書いてる人も、モノクロに見えたり、カラーだったりバラバラです。
この記事はGoogle chromeからです。一応絵文字はカラーで見えてます。
前の絵文字をお友達が拾って下さいました。
ちょっと出してみますね。

                        
いかがですか?まだいっぱいあるけど、もしもコピペで使えたらどうぞ~。
コメント内には反映しません。
お試し記事ですので消えちゃうかもしれません。

ポチッとよろしく!

 

| | コメント (4)

2019年3月31日 (日)

何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ)④<修善寺物語>

☀修善寺の朝ご飯は和定食。
伊豆・修善寺物語2019-4-01
一口サイズの小皿と鯵の干物、湯豆腐もありました。
このお箸がとても手にフィットしてて使いやすかったです。

伊豆・修善寺物語2019-4-02
柚子の香りのきのこ味噌が美味しい~。
ご飯のお代わりしたくなっちゃいます。
売店で売ってたので買おうかと思ったら意外と高かった^^;

朝ごはんをしっかり食べた後、修善寺川(桂川)沿いを散歩しました。
伊豆・修善寺物語2019-4-03
「竹林の小道」という散策路が整備されていてなかなか趣があります。

伊豆・修善寺物語2019-4-04
12月の初め。紅葉がまだ残っていました。

伊豆・修善寺物語2019-4-0
前日の雨で落ちたもみじがびっしりと敷き詰められて奇麗~💛

伊豆・修善寺物語2019-4-06
桂川にかかる朱塗りの橋の欄干にもみじが貼りついてました。

伊豆・修善寺物語2019-4-07
いい眺めです。

伊豆・修善寺物語2019-4-08
川に張り出すように建てられている東屋みたいなのが「独鈷の湯」です。
元の「独鈷の湯」は川の氾濫を起こしかねない位置にあったため、15年ほど前に現在の場所に移築されました。

伊豆・修善寺物語2019-4-09
1200年以上前、この地を訪れた弘法大師が親孝行の息子に感じ入り、川の岩に独鈷を突き立てたところ、岩が割れて湯が噴き出しました。父親の病はこの温泉効果で平癒したという伝説があります。
今は見学だけでお湯に入ることはできません。

伊豆・修善寺物語2019-4-10
修善寺で有名な老舗旅館。登録文化財にもなっています。
昔から文人・墨客が多く訪れているそうです。
夏目漱石が湯治に来ていた修善寺の温泉宿は「菊屋」さん、
どちらもお高いのよねえ><

伊豆・修善寺物語2019-4-11
温泉街の道は狭いのですが面白そうな店が並んでいます。
向こうにみえるのは「ふつうのそばや」と堂々と看板に書いてあるお店です。
ちょっと入ってみたくなりますね。

伊豆・修善寺物語2019-4-12
地名の元となったお寺「修善寺」へ
鎌倉幕府を開いた源頼朝が53歳で没した後、嫡男・頼家が18歳で二代将軍の座に就きました。
しかし政務はうまくゆかず、重い病に倒れた後、弟の実朝に将軍職を奪われ、母の北条政子によって修善寺に幽閉されてしまいます。
そして23歳で祖父の北条時政の手勢に殺されてしまいます。
この寺には「頼家の面」という寺宝があるのですが、舞楽の面で真ん中から割れています。
面と頼家の死を題材にした岡本綺堂作・新歌舞伎「修善寺物語」を思い出しながら「指月殿」へ行きました。

指月殿横には頼家の墓があります。

伊豆・修善寺物語2019-4-13
こちらはずーっと後になって建てられた供養塔です。
頼家の墓は左側の石段を上った所にあります。

伊豆・修善寺物語2019-4-14
「十三士」の墓と供養塔
頼家に従っていた13人の臣下の墓だそうです。

伊豆・修善寺物語2019-4-15
「指月殿」本尊・阿弥陀如来坐像
頼家の死を悼んだ母・北条政子が供養のために建てた「指月殿」は伊豆最古の木造建築。
本尊の阿弥陀如来坐像も伊豆最古の木像です。
「修善寺物語」あらまし。面打ち師・夜叉王に頼家が自分の面差しを映した面を作ってくれと頼むのですが、
試作の面に死相が出てしまい、夜叉王は面を仕上げることができません。姉娘は頼家の高貴な出自にあこがれて修善寺へ行きますが、時宗の手の者に襲撃されてしまいます。頼家の着物をまとい身代わりになろうとして深手を負い、実家へ逃げ戻った姉娘の瀕死の顔を、父親の夜叉王は面に写し取ろうと絵筆を取るのでした。

伊豆・修善寺物語2019-4-16
そーんな話はどこ吹く風の寺犬「ゴマ」ちゃん。
修善寺でお客様をお迎えしている賢い柴犬さんでした。

初対面のワンコが少し苦手なこまち &洋子

| | コメント (10)

2019年3月25日 (月)

何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ)③ 天城越えだよ~

🚙 記事に到達していただけるか不安ですが旅日記を続けます。
2日目、お昼ご飯を消化できたらいよいよ天城越えです。

伊豆半島は火山がぶつかってできた半島で山が多くあまり道がないのです。
アメリカの要求で下田港を開いても下田から江戸へ出向くのはとても大変。陸路で入ってこられないように下田港にしたのかどうか…
ハリス一行も江戸まで大変な峠越えをしたはずです。
私たちは観光タクシーで楽々山越えです。


1_1
向こうに見えている巻貝の骨のようなのが河津七滝(ななだる)ループ橋です。これからあのぐるぐるを回っていきます。
♬天城越え~に出てくる道はつづら折れで険しかったのですが、地震による山崩れで道路が寸断されたため、新しくこのループ橋ができました。
高低差45m直径80mの二重ループを下田側からはゆっくりと登って行きます。
自動車だけでなく、二輪車、自転車も通行できます(ママチャリは無理っぽいなあ^^;)
そしていよいよ天城山隧道(あまぎさんずいどう)にやってきました。

2_2
昔は灯りがなかったはず。提灯で通行かなあ…
3
1905年(明治38年)完成。全長455.5m 幅員3.5m
切り石で積み上げられた日本初の石造道路トンネルで、現存する石造トンネルとしては最も古く、国の重要文化財になっています。
中で車がすれ違うのはちょっと無理ですが、普通に通行できます。
このトンネルの西側には「新天城トンネル(全長800m)」が1970年に完成したので、こちらを通る車は少なくなったと思います。
ここは川端康成の「伊豆の踊子」、松本清張の「天城越え」などに登場しますが映画でも出てきましたし、
天城山心中事件があった場所なので心霊スポットなのかもしれません。
トンネル内の照明はガス灯を模して造られていますので昔の趣が感じられますね。
石川さゆりさんの「天城越え」はメジャーリーグでイチロー選手の登場曲にもなりました。

4
捜索隊が分け入った林?怖いような眺めです。

5
峠の周りの山は紅葉が少し残っていました。

次は〽浄蓮の滝~~
8
おばさんが大きく映っちゃってますが、滝はまずまずの大きさなんですよ。
落差25m幅7m、伊豆では一番大きな滝です。
玄武岩の柱状節理がくっきりと見えています。
この滝の主は女郎蜘蛛だそうで、伝説を描いた看板が立っていましたが、ちょっと暗かったので写っていませんでした^^;

10
滝への降り口には「伊豆の踊子」の像が建っています。
お土産屋さんもあるのでわさびソフトクリームで一息入れるのもいいですね。

この滝の近くでワサビを作っているところがあるのですが、もっといい場所があるからとタクシーの運転手さんが山の中へ連れて行ってくれました。

12
山の斜面を切り開いたわさび田がずーっと続いています。

13
豊かな水がワサビを育てているのですね。

11
ワサビの赤ちゃん、ポット苗を植えるんですね。

17
ワサビを収穫中。ワサビ田にはモノレールが張り巡らされていて小さな運搬車に人も乗って移動しています。

14
判りにくいですが、緑の田の上にあまり真っすぐではない線路が走っています。

16
信州のワサビ園はもっと平らな広々した所でワサビを作っているそうですが、
伊豆ではこんな山奥を切り開いて作っていたなんて初めて知りました。

23
中伊豆にあるワイナリーにも寄ってみました。
「中伊豆ワイナリーヒルズ」というシャトーが広大な葡萄畑の一角にあります(ホテル、結婚式場などもあるそうです)

21
冬なので枯れ木の山みたいに見えますがとにかく広い(10ヘクタールもあるのですって@@)

店内には無料試飲コーナーがあったので少しだけ頂いて地下倉庫へ~
19
ボトルさんたちが静かに寝てます。
20
貴重なビンテージワインも保管されていました。
麦汁党員なのでワインはさっぱりわかりません^^;

中伊豆からお宿のある修善寺へ向かいました。
夕食は…
24
いろいろでてくるんだけど、これぞ!っていうのが無かったねえ。

では本日のお口直し。
ちょっと前に土筆を頂きました。
25
これを見て美味しそうだとは思わないよね。
26
ハカマを取るのが大変。裸になったらあく抜きをします。
27
甘辛く炒め煮にして卵でとじました。
労多くして功少なし。
そんなもんだよね~(;^ω^)

リニューアル後の更新はなかなか思うようにいかないけれどゆっくりやっていきます。

点滴されて少し元気になったこまち &洋子

ポチッとよろしく!

 

| | コメント (12)

2019年3月20日 (水)

リニューアルされて

🐶 ブログ管理がリニューアルされてココログとうまく同期されてないかもです。

とりあえずちょっとお試しで記事を書いてみます。

昨日産直コーナーで買った「ブルビネラ」という花です。

6本で100円でした@@

黄色は元気になれる色ですね。

Img_4700

 

ポチッとよろしく!



 

| | コメント (6)

2019年3月14日 (木)

何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ)②

2日目の朝、伊豆堂ヶ島のお宿から見た海は奇麗でした。お天気はまずまず、今日は下田へ向かいます。
海が呼んでるのだ~
1

下田といえば幕末に日米和親条約締結後、米領事館が置かれたところです。
1853年、浦賀港にペリー率いる黒船軍団が現れて鎖国下の日本は大騒ぎ。
圧倒的な軍事力で驚かそうというのは昔も同じでしたね。
「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず」(当時の落首)
上喜撰とは極上の緑茶、軍艦の蒸気船とかけてます。
一般大衆はいつだって冷めてる~

2
1854年、ペリーは再び軍艦7隻を率いて開国をせまりました。幕府はついに下田港と函館港の2港を開き、200年続いた鎖国が終わりました。
今はそれほど大きな港とは思えませんが、ここがペリー御一行の上陸地。
ペリー提督の銅像が立っています。
3
この石碑は下田開港150年を記念し、当時の米・ブッシュ大統領のメッセージが寄せられて作られたものです。(横に和文も載っています)2004年ですからパパ・ブッシュさんではないですね。

5
今なら船は負けてないのに~。
131_2
海上保安庁の巡視船も立派です。

下田港から開国交渉の場所になった了仙寺までの道が「ペリーロード」と言われていて、そぞろ歩きにピッタリです。

8
平滑川沿いにはレトロ感のある建物が並んでいます。

7
マンホールのふたは黒船「サスケハナ号」ですがちょっとわかりにくいかな^^

6
洋風、和風の建物が並んでいます。
雑貨屋さん、カフェなどがあるのですが寄りません><

9
「粉」の暖簾が誘惑する~~(*≧m≦*)
まだ朝早いので休憩はなし・・・

11
了仙寺に到着(徒歩10分くらいでしょうか)

12
寺の由来などが詳しく書かれています。

下田港遊覧の時間になりました。
Img_4684
当時の黒船「サスケハナ号」をモデルにした遊覧船に乗れるのかと思いきや…

132
ありゃ?なんか簡素な木造船じゃないですか!
この時期「サスケハナ号」はメンテ中。代行船の「五百石船」に乗船。
料金は一緒ですって

14
船の出航と同時にカモメがいっぱい飛んできます。
かっぱえびせんで餌付け~。
えびせんを持った手を伸ばしているとちゃんと咥えて行きました^^

16
カモメに夢中で島の名前が聞き取れません。

18
あちらの「弁天島」は黒船来港を聞きつけた吉田松陰が密航を企てて潜んでいた島です。
今は陸続きになっていて島内の公園を散策できます。
公園には吉田松陰と金子重輔の像があります。
勿論密航は失敗。自首した二人は牢獄へ。金子重輔は故郷の萩へ送還され獄舎で病死。
松陰は後の安政の大獄で刑死してしまいます。
松陰の元で学んだ長州藩士や薩摩藩によって幕府が倒れるまで10年足らず。
歴史の分岐点ともいえる開国でしたが…
肝心のアメリカは南北戦争が起こってあまり日本にはやってこなくなりました。

下田にはアメリカ領事館が置かれました。
下田条約締結2年後、玉泉寺を領事館として開設し、領事はタウンゼント・ハリスが着任しました。

133
玉泉寺にはアメリカ人だけではなく、ロシアからプチャーチン提督や(露)ディアナ号高官、ドイツ商人などが滞在していて、船乗員の墓地もあります。
Img_4686
お寺は今は建て替えられているのでちょっと見して、じっくり見学するのは境内にある「ハリス記念館」へ。
ハリス記念館には当時の資料が数多く展示されています。
舞台「唐人お吉物語」の一場面もありました。
領事ハリスに仕えた悲劇の女性「お吉」の物語はよく舞台劇で演じられました。
展示のお吉は女優佐久間良子氏がモデルになっていました。若い頃かな?

さてそろそろお昼ご飯ですね。
海岸から少し離れて中伊豆へ向かいます。

TVの旅番組でちょっと有名になったワサビのお店。
Img_4427
出荷前のわさび。葉は漬物、わさびは大きさによってお値段が違います。

20
わさび丼と蕎麦のセット(麦汁付き
お膳が来る前にわさびを鮫皮でおろします(板が小さいので結構疲れる

おかかの乗ったアツアツのご飯におろしたてのわさびをのせてお醤油かけていただきます。わさびがつ~~~んっと鼻先に…でもね、ここだけの話ですが、わさびが小っちゃいのよ。上の写真の大きなわさびならきっと美味しかったと思うけどね~。
お蕎麦も出てくるのが遅くて、期待してただけにちょっと残念でした。

お口直しに今日のお花
Img_4692
こまちの散歩コースで見つけた「きゅうり草」
花の形はわすれな草に似ていますが、もっと小さくて直径2㎜程。
葉っぱを揉むとキュウリの匂いがします。
Img_4693
100均で買ったスマホ用拡大レンズで撮ってみました(スマホは持ってないけど)
ピントを合わせるのが難しいですね。



ポチッとよろしく! 時々草を食べちゃう・こまち &洋子

| | コメント (10) | トラックバック (0)

«何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ)①