2026年7月 9日 (木)

初夏の京都へ

 もうずいぶん前になってしまいましたが、5月の終わりに京都へ行ってきました
毎年、親鸞聖人が入っておられるという祖廟にお参りに行きます。全国から宗派を問わず納骨に来ている方たちに混ざって、義父母が眠ってる墓に手を合わせて来ます。墓参りは簡単に済ませて、お昼ご飯を食べる所を探しました

(写真はクリックで大きくなります)
京都夏-01
長楽館 
大谷祖廟から坂を下って円山公園へ出る所に素敵な洋館があります。
前から気になっていたのですが、気軽なランチという感じではなさそうです。
この建物は明治の実業家・村井吉兵衛が、迎賓、社交の場として建てた館です。
令和6年には国の重要文化財に指定されました。いつかここで豪華なランチを食べよう。
ランチでも渋沢さん一人では足りません。

京都夏-02
いもぼう 
長楽館を通りすぎて公園を抜ける所に和食屋さんがありました。
土曜日だけどまだ人がいない。とにかく座れてご飯が食べられればいいよね


京都夏-03
昼食 
いもぼうの名物料理“海老芋の焚き上げ”は京野菜の海老芋を使ってあります。
里芋に似ていますがもっともっちりしてて美味しいです。
上品な味付けですが、ビールにも合いますね

京都夏-04
知恩院 
浄土宗の開祖・法然上人のお寺です。
これは国宝の三門。立派ですねえ~
敷地は広くて7万3千坪もあり、国宝や重要文化財の建物、除夜の鐘で有名な大鐘楼など見どころは沢山あります


京都夏-05
マグナス・リン 
夏に向けての茅の輪くぐりかと思いました^^;
このモニュメントは昨年開催された大阪・関西万博のアイルランド館の前に展示されていたものです。
アイルランドの彫刻家ジョセフ・ウォルシュ氏製作
アイルランド政府から借り受けて2026年9月末まで展示の予定だそうです
下半分はブロンズで上半分はオーク材を使っていて、表面は金箔が施されています。

京都夏-06
大鐘楼 
重要文化財です 
この大きな釣り鐘を僧侶が交代で撞くのですが、除夜の鐘の中継がネット配信されていましたので
昨年の真夜中から年が明けるまでを見ていました。幾つめまで見たか覚えてません^^;

京都夏-07
鐘楼を一回り 
大晦日に見ていた時はもっと広く感じましたし、僧侶の読経や掛け声も流れて賑やかでしたが、この日は気温が32度もあって、ここまで来られる方はほんのわずかでした。外国人の方が鐘の撞き方をお連れさんに説明していて、よくご存じだなと思いました

京都夏-08
自販機! 
売店近くにこんな自販機がありました。
お金を入れると「南無阿弥陀仏~~」と自販機が念仏を唱えるのです。
試しに1本お茶を買いました。浄土宗のお寺が経営してる保育園へ行ったことがありますが「南無阿弥陀仏」は確か10回唱えてましたっけ。
自販機は2回?あらら~

京都夏-09
京都現代美術館 
祇園にある美術館です。
「何必館(かひつかん)」とも呼んでいます。
北大路魯山人の部屋、村上華岳、山口薫などの作品を中心に現代美術の特別展示なども開催されています。
以前来た時は山口薫の特別展があって、買って来たポスターは額装してうちの玄関を飾っています。

京都夏-10
サラ・ムーン展 
フランス生まれの写真家の作品を見ました。
5月10日までとなっていますが、延長されたのか5月30日もまだやっていました。
絵本などの題材に沿った写真、少し怖くなるようなものが多く、殆どモノクロ。曖昧で、見ていると疲れますが、写真を元にした映像も流れていて、椅子に座ってゆっくり見ることができました。ドラマ性があって不安感や危うさがよく伝わってきました。モデルになっていた少女や少年はどんな思いでカメラの前に立っていたのでしょう?

京都夏-11
京都国立博物館 
2年前にもきました。
あの時は「雪舟伝説」、あまり人がいなくてゆっくり見られましたが今回はどうでしょ?
 
京都夏-12
特別展「北野天神」 
平安時代の学者だった菅原道真は右大臣まで上り詰めますが、左大臣・藤原時平の諫言によって九州・太宰府へ流されてしまいます。
都に起こる天変地異は道真の祟りと恐れられ、天皇は爵位を戻したりしましたが道真は太宰府で亡くなってしまいます 

京都夏2-13
道真遺愛品 
国宝の櫛です。花文はタイマイ(鼈甲)で飾られています。横10cm高さ6cmほどの小ささ。
下は銀装革帯。銀メッキを施した3cm四方の銅板が15個つけられた革の帯です。皮は殆ど欠損しています(パンフレットの写真より)

京都夏-14
重要文化財・膝丸と髭切 
この刀は撮影OKでしたが、ガラスケースには人が写るし難しいですね。
「髭切」は北野天満宮に収蔵されているものです。二つの刀は清和源氏ゆかりの刀として数々の物語に登場しています

写真には撮れませんでしたが他の展示室には絵巻物や仏像が一杯ありました。

何故、道真が神として祀られるようになったのか、神仏習合の時の本地仏の十一面観音像
各地に伝わる天神信仰の縁起絵巻など、多すぎて疲れました。土曜日なので人も多かったし、雪舟よりは天神さんの方が人気があるのかな?

また機会があったら北野天満宮へも行ってみたいと思いました。

来年の墓参りのついでに?う~~んどうしましょう

 

留守番はエアコンの部屋で・空🐧&こまち&洋子

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2026年6月20日 (土)

装飾古墳への旅~6

装飾古墳を巡る旅日記も最終回になりました。随分時間が経ってしまいましたので資料を見ながら書いています。
お時間のある時にご覧いただけたら幸いです。


(写真はクリックで大きくなります)
古墳6-01
宗像大社・辺津宮(むなかたたいしゃ・へつみや)
日本の最高神「天照大御神」の三女神を祀る神社です
辺津宮には「市杵島姫神」11km離れた大島には「タギ津姫神」更に49km離れた沖ノ島には「田心姫神」が祀られています。国を挙げた祭祀の歴史が息づく宗像の地は、新原・奴山古墳群とともに「神の宿る島」として世界遺産に登録されました。


古墳6-02
高宮斎場 
古代の祭祀の在り方を体感できる所です。
本殿から奥へ上って行くと斎場があります。ここは市杵島姫神が降り立った所とされています


古墳6-03
第二宮、第三宮 
伊勢神宮の古い社殿を拝領したもので、第二宮には田心姫神、第三宮にはタギ津姫神が祀られています。
三姫神は天照大御神が弟の素戔嗚尊の剣をかみ砕いた時に生まれた姫神です。素戔嗚尊は天照大御神の勾玉を噛み砕き息を吹きかけると五柱の男神が生まれ、素戔嗚尊の身の潔白が証明されたという神話があります。素戔嗚尊は乱暴者で姉の天照大御神は弟が攻めて来たと疑って戦の準備をしていた時の話です。興味ある方は神話を紐解いて下さいね。


古墳6-04
国宝・唐三彩長頸瓶片 
唐三彩の長頸の壷の断片です。瓶の口の部分でしょうか?
宗像大社の神宝館を見学します。沖ノ島は島全体が御神体で立ち入り禁止になっていますが、戦後に調査されて8万点もの遺物が国宝に指定されました。海の正倉院とも言われる沖ノ島で発見された国宝はこの神宝館に保管されています


古墳6-0155
滑石製円板 
滑石を丸く削って鏡を模した物で、大きさは6cm~10cm位、ひもを通す穴が開けられています。
祭祀用だと思われます


古墳6-06
金銅製高機 
長さ48cm、幅約17cm、機織り機のミニチュアです。
とても精巧に作られていて、組み立てると実際に機織りができるそうです


古墳6-07
金銅製歩揺付雲珠 
馬の鞍の後輪から尻部につける飾り。
とても繊細で可愛らしい物です


古墳6-08
馬具装着図 
歩揺や他の飾りがどのようにつけられていたかわかります
神宝館の展示は撮影できましたが、一番きれいな純金製の指輪は光りすぎてて上手く写せませんでした^^;
もう少し時間をかけてゆっくり見たかったと思いました。



古墳6-09
竹原古墳 
古墳巡りの最後に訪れたのは、宗像大社から少し山側へ行った宮若市・平という所にある古墳です。
案内版の説明を読み上げるナビゲーターさん
 
古墳6-10
石室跡 
藪の中を上っていくと石室の跡が見えます。
盗掘されていたので副葬品はあまりないのですが、馬具、武具、装身具、歯などが出土。
副葬品と歯が大小に別れていることから男女ペアで埋葬されたと推定されています


古墳6-11
後室奥の壁画 
写真ではわかりづらいですが、3日間見た装飾古墳の中では一番はっきりと模様がわかりました
左右に柄の長い団扇のようなもの(サシバ)があります。
上の方に青龍、真ん中に馬を引いた人物、舟、下には波型文があります
石室へ入る順番待ちをしている時に、入り口でビデオを見せてくれるので予習ができました


古墳6-12
終わりの石段 
古墳はどれも小高い丘の上にできているので石段を上るのは当然でしたが、今回はさらに奥の藪にまで踏み入って石室の跡を見ました。
蛇なんか出てきて前を歩く方が悲鳴を上げていました。


九州、熊本から福岡にかけて沢山の古墳を見ました。
装飾古墳を巡る旅というツアーは珍しいかもしれません。
今年は奈良‣明日香のツアーがあるそうです。
明日香の古墳も世界遺産に登録されるので人気が出るでしょうね。
山や階段はないので行ってみようかと思っています。


これで装飾古墳を巡る旅の日記は終わりです。
長い記事にお付き合い下さいましてありがとうございました。


   猛暑の前に羽が抜け落ちた空🐧&こまち&洋子

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2026年6月 5日 (金)

装飾古墳への旅~5

 古墳巡りの旅、3日目です
前夜、美味しい物を食べてパワー全開…のはずですが

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古墳5-01
宮地嶽神社 
朝一で階段!80段です。たったの80段!

古墳5-02
光の道 
登り切って振り返ると海まで一直線の道が続いていることがわかります。ここは2016年に“嵐”がCMで紹介して有名になったそうです。夕陽が落ちる寸前に海から一直線で光の道になるのですが、見られるのは2月と10月。嵐の聖地になってるので、活動に終止符を打った今ならもっと人気のスポットになるかもしれません。

古墳5-03
楼門 
とても立派な楼門です 楼門をくぐって拝殿へと向かいます

古墳5-04
花手水 
ガラスの板に水がかけ流しになっていてとてもきれいな手洗い場でした

古墳5-05
拝殿 
ここの大しめ縄は日本一と言われていますが、島根県の出雲大社や茨城県の出雲大社の分社の方が大きいのです。
日本一と言われる訳は毎年作り変えられる大しめ縄の中では日本一だということらしいです…確かに古びていなくてきれいですね

古墳5-06
奥の宮・不動神社 拝殿横の坂道をどんどん上っていくと奥宮八社があります。山の裏みたいな所まで行きます。
そのうちの3番目が古墳です
 
古墳5-07
不動神社の入り口 
横穴式石室古墳がこの奥にあるのですが、撮影はできません。
他の古墳とは趣が違っていて石室の中に不動尊をお祀りしてあります。ここから発見された金の鐙、冠、武具など20点が国宝になっています。
そのうちいくつかは九州国立博物館で展示されているそうです

古墳5-08
古墳 
山の裏側に回って古墳を確認しました。階段がきつかったのでバスへ戻る途中“松枝餅”を買いました。
福岡と言えば太宰府天満宮の“梅が枝餅”が有名ですが、こちらは「松」です。薄いお餅の両面を焼いてあって、朝早かったのでまだ焼きたてでした。暖かいうちにバスの中で食べちゃいました^^;

古墳5-09
宮地山? 
確かではないのですが、多分宮地山です。あの山に奥の方に古墳があると思います

古墳5-10
新原・奴山古墳群 
次に向かったのは福津市・勝浦にある古墳群です。菜の花畑が広がっている中に大小約60基の墳墓が築かれていましたが、削平のため現在では43基になり、歩いて見学できるのは41基です

古墳5-11
前方後円墳  
沖ノ島の祭祀であった宗像氏の一族が被葬されていると推定されています。
平成29年7月に「神宿る島」宗像・沖ノ島関連遺産群としてこの古墳群も世界遺産に登録されました

古墳5-12
前方後円墳 
最大の物は全長80mもあります。
畑の中の道ですが、歩きやすくて墳墓には「何号基」とプレートが立っています。
古墳内部の見学はできません

古墳5-13
畑にイノシシ! 
古墳群の出口の畑にイノシシがいました。
良くできてますね。案山子もあったんですけど…

この後は宗像大社へ向かいます。神の島・沖ノ島の国宝などが見られるそうです
   
              ~つづく~

もうすぐ梅雨入り? 湿気は嫌い 空🐧&こまち&洋子

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2026年5月23日 (土)

装飾古墳への旅~4

 五月ももう半ばを過ぎました。先週、いきなり真夏日になったかと思えば、東京では3月中旬の気温でコートが必要とか、ストーブを焚いてる、などという話も聞かれました。寒暖差が大きくて疲れますね。まだ初夏なのにこの先が思いやられます

装飾古墳への旅、記憶が薄れてきましたが、資料を見ながら記事を書いてます。お時間がありましたらご覧下さいね。

(写真はクリックで大きくなります)

古墳4-01
岩原古墳群 
装飾古墳館の芝生に広がる13基の古墳群です。一番大きな前方後円墳の双子塚古墳は上まで登ることができます。もちろん登りましたよ。
古墳4-02
大小の円墳 
約1500年前に造られたと考えられていて、一番大きな前方後円墳(首長のもの)を囲むように大小さまざまな円墳(一族の権力者のもの)があり、さらに周囲には墳丘を持たない庶民の墓が作られていたようです。

古墳4-03
熊本県立装飾古墳館 
日本を代表する建築家、安藤忠雄氏の設計によるものです。
空から見ると前方後円墳の形をしているらしいのですが、中は展示物が多いので外観よりも中身ですね

 
古墳4-04
弁慶ケ穴古墳 
本物とほぼ同じに復元された古墳、石室がいくつもあって内部の装飾がよくわかります

古墳4-05
大坊古墳 
初日に行った古墳です。雨の日でガラス窓は結露していてほとんど見えませんでした

古墳4-06
チブサン古墳 
午前中に見たチブサン古墳です。
この写真を撮る時も低い姿勢でのぞき込まなければなりませんでした 
実物と同じように作ってあるからですけど…しんどい~~
 古墳4-07
人物像 
虚空蔵古墳から出土した人物像です

古墳4-08
石人 
前方後円墳のくびれた所に立っていた考えられています 


古墳4-09
王塚古墳 
福岡県桂川町にある前方後円墳で、内部装飾がとても華やかです。
白い丸は星を現しているのでしょうか?この古墳は見学コースには入っていませんでした

古墳4-10
装飾古墳模様の種類 
装飾模様について詳しい図解があります。
こういうのをパンフレットにしてほしかったな。
ミュージアムショップがないので、図録や絵葉書も売られていませんでした。ちょっとがっかり~

装飾古墳館はとても立派で見るものも沢山ありますが、休憩するところがないの~。車でなら近くに物産館や食事処もあるけれど、館内には自販機しかなくて、飲食ができる休憩室がないようです。ゆっくり、じっくり見るなら半日くらいかかりそうなので何とかしてほしいと思いました。

 

古墳4-11
久留米市日輪寺 
2日目の最終見学は久留米駅から徒歩5分程にあるお寺の古墳を見ました。
この山門は久留米城の乾門を移築したもので、久留米城の現存する唯一の建造物です。
階段を下りて来られたのがナビゲーターの松原さんです。

 

古墳4-12
日輪寺古墳 
5世紀末~6世紀初めに造られた前方後円墳の石室の一部が残されています。
阿蘇山噴火でできた凝灰岩製の石障(周囲の4枚の石室を囲む石)には鍵手文や同心円文の線刻があり、貴重な文化財として史跡に指定されています。九州の古墳の石材は阿蘇山の噴火がもたらしたもの。郊外の高原にも大きな噴石や岩が転がっている所が多いですね。


古墳4-13
女子会  
ツアーだけど、夕食がついてないのと言ったら、SSさんが博多で美味しいお店を予約して下さって、長崎の離島に移住したSさんも合流して3人で女子会をしました。
美味しいお料理と楽しいお話であっという間に時間が過ぎてしまいました。
またいつか会いたいですね。お二人ともありがとうございました。

 次は3日目、最終日です。福岡の古墳を見に行きます
                      ~つづく~

    留守の間食べすぎたかも 空🐧&こまち&洋子

 

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2026年5月 4日 (月)

装飾古墳への旅~3

5月になりました。大型連休でお出かけの方も多いと思います。連休に出かけたことがないので、家で旅の写真を整理しながらブログを更新しています。
3月の終わりに九州の古墳巡りに行きまして、2日目の記事を書いてます。1日目は雨にたたられましたが、2日目はからりと晴れて古墳日和(?)先回に続いてまだ午前の部です。お時間のある時にご覧いただけたら幸いです

(写真はクリックで大きくなります)
古墳2-01
チブサン古墳石屋形壁画 
古墳のそばに複製があります。正面の絵の同心円が二つ並んでいるのが乳房に見えたことから「乳房(ちぶ)さん」乳の神様として信仰の対象になっていたそうです。鳥の顔みたいにも見えますね、右横の下に両手を上げて冠を被っているような人物も描かれています
装飾古墳では一番有名なのですが、内部はこんなに明るくはなくガラス窓から覗いてもほとんど見えません。正面の絵のない壁はかろうじて見ることができました

古墳2-02
石人 
こちらも複製です 
石人は前方後円墳の中央のくびれた所に立っていたと考えられています。高さ約1.5m。推定幅約80cmです

古墳2-03
閉塞石 
オブサン古墳の閉塞石 
石室をふさいでいた石ですが、西南戦争の戦場になったことで銃弾の跡が残っています


古墳2-04
チブサン古墳 
6世紀後半に造られた約50mの前方後円墳で中には羨道・前室・後室がある横穴式石室になっています。
内部見学は山鹿市立博物館へ予約をしないとみられません。博物館の方が鍵を開けて下さいますので、少人数ずつ順番に入っていきます
奥まで行って石室を覗くのですが、ほとんど見えませんでした。でも内部に入れたのは感動しますね

古墳2-05
チブサン古墳の入り口 
壁画保護のため、扉があって奥の方は暗いし狭いのですが、羨道、前室、後室へと進んでいきます
 
古墳2-06
オブサン古墳石室 
チブサン古墳の直ぐ近くにある6世紀後半頃に造られた円墳で、直径22m、周囲にU字型の濠を巡らせています。
石室の奥の石屋形は壊されていて跡形もないのですが、石のごく一部に赤い装飾模様が残っています。ほとんどわからなかった^^;
ここも西南戦争の戦闘の弾丸の跡がいくつも残っています
オブサンという名前は「産(うぶ)さん」安産の神様を由来として信仰の対象になっていました。
チブサン、オブサン どちらも子孫繁栄を祈ったのですね

古墳2-07
貯蔵穴 
オブサン古墳の墳丘の近くにある縄文時代の貯蔵穴。
穀類の種などを保存していたのかもしれません

古墳2-08
鍋田横穴群 
6世紀~7世紀に熊本市内を流れる菊池川の支流である岩野川に沿って造られた横穴群で、61基の横穴墓が確認されています。
合流地点で工事が行われていて岸の道は通行止めになっていましたが、横穴墓見学のために許可を貰ってみることができました

古墳2-09
27号基の装飾浮彫 
ナビゲーターの松原さんが崖にとりついて浮彫の模様を説明して下さってます。
人物、弓、盾、靫(ゆぎ・矢を入れて背中に担ぐ物)鞆(とも・弓を引く時に左手首を保護するもの)などが分かります。
私たちはガイド用のイヤホンを付けているので説明がよく聞こえてわかりやすかったです
美術・博物館のイヤホンガイドは録音された音声を聞くだけですが、ナビゲーターの生の声を聴きながら見学しています。
どなたかが質問をすると、質問を共用して全員に詳しく説明してくださいます

古墳2-10
人物像 
単純ですけど弓を持っているのがわかります

古墳2-11
古墳カレー 
お昼ご飯は古墳カレー。
3日間のツアーでお昼が出たのは1回だけでした。前方後円墳型のご飯を、スコップ型のスプーンで掘り進んでいくと、丸い丘陵部分から鶏のから揚げと栗が出てきました。副葬品か?
くびれ部分は石人が立っているといいけど、ラッキョウでした^^
ちょっと量が多くて食べきれませんでした><

食事の後は熊本県立装飾古墳館へ向かいます。カレー以上に盛りだくさんな一日です。
             
              ~つづく~

餌は大盛りにしてほしい。。空🐧&こまち&洋子

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2026年4月23日 (木)

装飾古墳への旅~2

 古墳巡りの旅日記の続きです、
初日は雨で大変でしたが2日目はからりと晴れて古墳日和になりました(?)
余り専門的な事は書けませんが、普段は見ることのできない古墳内部の写真などをご覧いただけたらと思います。


(写真はクリックでおおきくなります)
古墳2-01
江田船山古墳(えたふなやまこふん) 
2日目に向かったのは熊本県玉名郡和水(なごみ)町にある古墳です、全長62mの前方後円墳です
この古墳から出土した副葬品92点はすべて国宝に指定され、現在は東京国立博物館に保存されています。時々展示されてるものがあるそうです
古墳2-0122
石棺 
古墳の横から内部に入れるのですが、ドアの改修工事のため、3月23~25日は立ち入り禁止でした。
私たちが行ったのは26日!ちゃんと中へ入って石棺を見ることができました

古墳2-0133
銀象嵌銘太刀(ぎんぞうがんめいたち)
江田船山古墳からでた副葬品のレプリカです。何がすごいのか。この太刀に刻まれた75文字は一部は読めないのですが、ナビゲーターの松原さんが詳しく語ってくださいました。「この太刀を持つものは長寿で栄え子孫も洋々として恩を得る。刀を作った者の名は「伊太和」この書を作った者は「長安」時代は獲加多支鹵(わかたける)大王の世(5世紀後半・雄略天皇の頃)」と解説してくださいました。埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した鉄剣にも同じ名前が刻印されていて、大和政権が九州から関東まで勢力を伸ばしていたことがわかりますね


古墳2-04
金銅製沓(こんどうせいくつ) 
靴ですが、実用ではなく死者に履かせるための靴。底にはスパイクがついています。これもレプリカ、本物は東京にあります

古墳2-05
金銅製冠帽(こんどうせいかんぼう)
透かし彫りの模様は龍のような形ですね。朝鮮半島の百済の古墳からも同じような冠帽が見つかっているので、百済とも交流があったのかもしれません。百済から仏教が伝わるのは6世紀後半なので、それよりも前に行き来していたのかもしれないですね。玉名の菊池川は有明海にそそいでいて、港として栄えた所だそうです。 

古墳2-06
鉄製短甲(てつせいたんこう)
鎧なのですが見えているのは背中側、実用だったのかしら?

古墳2-07
鉄製衛角付冑(てつせいしょうかくつきかぶと) 
衛角とは船の舳先についている攻撃用の尖った部分で、冑の前頭部が突き出した形をしています 
鎧とセットですが、この形は日本独自の物だそうです

古墳2-08
対馬石屋根倉庫 
肥後民家村の中に対馬の石屋根倉庫がありました。約300年前の建物が移築されています。
対馬、壱岐島は鎌倉時代に元の軍船に襲われました(元寇)元軍は二度来襲してきたのですが、暴風雨にあって引き上げていきました。この時奇跡的に吹いた風は「神風」と呼ばれています。900隻もの大群を追い払ったほどですから対馬も壱岐も暴風を受けやすい島だったのですね。屋根が飛ばないように、何層もの石が積み重ねられています

古墳2-09
塚坊主古墳(つかぼうずこふん)石室
江田船山古墳の直ぐ近くにある古墳です。肥後民家村からぐるっと回る遊歩道が整備されていて広い公園の一角にあります。
江田船山古墳より少し小さ目の前方後円墳で、横穴式石室でした。
奥には石屋形、手前には石床が置かれています

古墳2-10
石屋形壁画 
暗くて見えにくいので、ナビゲーターの松原さんがポインターで指してくれてますが、写真ではわかりづらいですね。
赤と白で円文、三角文、ひし形文が描かれています。わからないね

古墳2-11
石棺の跡
石室から出て古墳の周りをぐるっと回っています。
ナビゲーターの松原さんが指さしているのは石棺のあった所で、石が残っています 

古墳2-12
塚坊主古墳 
古墳の全容。天気が良かったのできれいに写すことができました。
草がきれいに刈ってあるのでわかりやすいですね
この後はいよいよ装飾古墳で最も有名な山鹿地区へ向かいます。

              ~つづく~

      早く終わってね~空🐧&こまち&洋子 

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2026年4月13日 (月)

装飾古墳を巡る~1

 4月もあっという間に半ばになりました。
3月の終わり、桜がまだ咲かない頃でしたが九州へ古墳巡りのツアーに行ってきました
初日はあいにくの雨、
博多駅から九州新幹線・つばめ号に乗り換えて新玉名という駅に着きました
家を出てから既に6時間以上経ってます。お昼は駅で購入したおにぎりを車中で食べて済ませ新玉名駅で観光バスに乗りました。ここからは奈良観光コンシェルジュの松原さんがナビゲーターとして同行、古墳の説明をしてくれます
さあ出発です!

(写真はクリックで大きくなります)
古墳1-01
石棺 
山下古墳から出土した舟形石棺で実物です。一人分にしては大きい! 玉名市の菊池川流域には石棺が多く50基ほど分布している。石をくりぬいて作られていて、この地で作られた石棺は遠くは大阪の有力者の棺として船で運ばれたと考えられています


古墳1-02
首飾りと耳飾り 
耳飾りは金製、首飾りには真珠もついていますね。この装飾品はこの後見学する大坊古墳から出土したものです


古墳1-03
鉄の鎧 
伝佐山古墳からの出土品


古墳1-04
銅鏡と鉄刀、管玉 
こちらも伝佐山古墳からの出土品

博物館で予習した後は大坊古墳へ向かいました。いよいよ本物の装飾古墳の見学です


古墳1-05
大坊古墳壁画 
この日は雨が降っていて古墳の内部は湿気がひどく石室前のガラスが結露していてよく見えません。
大坊古墳は国指定の史跡で6世紀に作られた、全長54メートルの前方後円墳で、石室の壁には三角文と円文が赤と青で彩色して描かれています。古墳は保護のためコンクリート擁壁で覆われ、見学は2人ずつ位しか中に入れません。しっかり守られているのですね、


古墳1-06
石貫ナギノ横穴墓群 
菊池川の支流、繁根木川(はねぎがわ)沿いの西岸の丘陵の崖には48基もの横穴墓が築かれていて、中へ入って見学することもできます
 

古墳1-07
横穴墓 
入り口が屋根の形をしています
 

古墳1-08
8号墓へ入ります 
崖に作られているので入り口までの足場も悪く、雨で草が濡れて滑りそうでした。入り口の飾り縁には赤い同心円文が描かれています


古墳1-09
墳墓内部 
内部は遺体安置の石床と石の枕が造りつけられていて、左右に2床ありました。どちらかの壁に太刀の線刻があるのですが、うまく映りませんでした 

古墳1-10-1
石貫穴観音横穴墓群への階段 
泣きたくなるような急な階段です。この上にある古墳を目指して上がります~


古墳1-11
石貫穴観音の玄室奥
線刻された千手観音と観音像は古墳時代の物ではなく、推定平安時代ということですが、古くから観音信仰の場として大切にまつられ、古墳の前には拝殿も建っています


古墳1-12
今日最後の階段 
福岡県大牟田市にある萩ノ尾古墳が今日の最終地です。


古墳1-13
玄室奥壁の装飾 
有明海近くの諏訪川の北岸にある萩ノ尾古墳は直径約16mの円墳で、石室は早期から開いていて副葬品などはないが、土器の形式から6世紀後半の築造と推定されます。模様は同心円文、三角文、船、盾などがくっきりと見えてます。
古墳などの時代測定には土器が一番大切なのだそうです。
鏡や装飾品などは外国からの流入品だったり、献上品の可能性もあるが、土器はそこで使われていたものと考えられるので時代測定には重要で、植物の種なども手掛かりになるそうです。

この後夕食を食べてから宿泊のホテルへ向かいました
1日目にして、既に脚が痛い~。狭い石室の中を這うようにして見学、ハードなツアーはまだ続くのです

  留守番も続いてる・空🐧&こまち&洋子

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2026年3月 2日 (月)

岩手へ~5

 3月になりました
いよいよ春ですね
先月の後半は2月とは思えない暖かさで気持ち悪かったです。雨が降らなくてダム湖が枯渇してるし、相変わらずの異常気象のような…困った日々が続いてました。
桜の開花も気になりますが、穏やかな明るい春になることを願わずにはいられません

岩手への旅の続きを書きました、お時間ある時にご覧くだされば幸いです。
最終日は高田松原の「いわてTUNAMIメモリアル」へ行きました

(写真はクリックで大きくなります)
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いわてTUNAMIメモリアル(パンフレットより) 
国営追悼・祈念施設を中心に広大な公園になっていました

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奇跡の一本松 
松原には約7万本の松があったそうですが、その中でたった1本残った奇跡の松です。

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2014年12月の松 
保存処理をされて立ってはいましたが、周囲は工事中でした

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復興のシンボルとして 
奇跡と言われてもやはり海水に浸かっていたため、翌年には枯れ死したことがわかりました。伐採か保存存続かの議論がありましたが、いろんな処理をされた後、元の位置に立てられ、後ろのユースホステルとともに震災遺構として残されています

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枯れた松の名残り 
一本松の近くには被災した松の根株がいくつもありました

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陸前高田ユースホステル 
震災遺構です。この建物があったおかげで一本松が津波の直撃を免れたとも言われています
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タビック45 
震災遺構(旧道の駅・高田松原)14.5mの津波は屋上部分をわずかに残して水没、3名の避難者が難を逃れました

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工事の車が多かった 
2014年12月に通った時は大型のダンプカーがいっぱいで国道は埃っぽかったのを覚えています

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下宿定住促進住宅 
震災遺構 1~4階まで完全に水没。5階のベランダの化粧パネルだけが残っています

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海を望む場 
第二線堤には海を臨む献花台があります 
この日は雪が舞うし、強風で長い時間立っていられませんでした。伝承館の中を見学します
 
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流失した気仙大橋 
流失した橋梁の一部が展示されています。
鉄の塊なのに水の力のすさまじさを感じます

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JR大槌駅の表示板 
(現三陸鉄道リアス線)虎舞を見せてくれた吉里吉里の里の「きりきり」も読めます

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消防団の車 
避難誘導をされていた消防団。消防車は津波に押し流されて山側で発見されましたが、
消防団員は無事だったと説明板に書いてありました
展示物は他にもいくつかあり、館内ではビデオ上映や防災対策室の移設展示など見るべきものがたくさんあります
隣の道の駅ではいろんな物産販売、三陸地方の観光案内などがされています


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昼食 
旅の最後の昼食は大船渡「海の幸ふるまいセンター」で頂きました。
豪華な海鮮丼です^^
食堂の隣には海の幸の直販所があって、発泡スチロールのケース一杯に買い込んで行かれる方も多かったけど、
これから新幹線で数時間かかるから無理ですね~

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かもめテラス 
三陸銘菓の「かもめの卵」はお土産にいっぱい買いました。
ソフトクリームや団子などを食べられる休憩所もあります

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かもめの卵 
いろんな卵があって各種買ってきました。
ガイドさんお勧めの黄金・かもめの卵は超豪華で、なかには大きな栗が1粒入っていました。
お店のガチャも回しましたよ^^;
可愛いかもめの卵のパッケージのストラップが当たりました

間もなくあの大震災から15年を迎えます。今回の岩手への旅では多くを学びました。変わってしまった海岸線、住宅のあった所は最初に訪れた時の景色とは様変わりして、運動公園や伝承館に代わっていました。ポツンと残っている津波遺構、道路のあちこちに見られる津波到達点の表示プレート。命を守り海と共に生きる知恵は、これからもしっかりと受け継がれて行ってほしいと思います。

3月も留守番の予感がしてる・空🐧&こまち&洋子

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2026年2月18日 (水)

岩手へ~4

 2月も半ばを過ぎました。冬季五輪で連日寝不足になられてる方も多いと思います。
雪や氷の上での競技はとてもスリリングで、怪我しないかとハラハラの連続ですね。
ミラノの街や山岳方面の美しさを見てるだけでも感動します

遅くなりましたが岩手旅行の続きを書きました
お時間のある時にご覧いただければ幸いです

(画像はクリックで大きくなります)
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浄土ヶ浜 
「学ぶ防災」で震災遺構を見学した後は海岸へ向かいました。
宮古の海岸「浄土ヶ浜・三陸復興国立公園」です
ここに来るのは3回目です
 
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奇岩が多い 
夕方なので少し暗いし、カモメやウミネコたちも巣へ戻る頃になっていました

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2014年の写真より
おばさんは古いタイプ、こまちも一緒でした
高台から海岸を眺めてから遊覧船の船着き場へ行きました

 

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船の上から
遊覧船を追いかけてウミネコやカモメが飛んで来ます
鳥たちにあげるパンを買って乗船しました 
12月だったので風が強くて波も荒かったですね
風にさらされて鼻水と涙が…

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レストハウスの写真(2014年の写真) 
浄土ヶ浜のレストハウスの外壁に被災当時の写真が貼られていました
凄い衝撃だったのですね

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現在のレストハウス 修復されて土産物売り場も充実。
2階の食堂も広くなってました
まだ被災当時の写真は同じ場所に貼ってありました
駐車場もきれいに整備され、観光バスが数台止まっていました

 

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冬の日暮れは早い 
この道路もすっかりきれいになってました。その分浜が狭く感じたんですけど^^;
バスでお宿へ移動します。

 
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夕食 
宿泊は浄土ヶ浜から少し南へ下った波板海岸の近くのホテルでした
三陸海鮮御膳です。海の幸いっぱいです

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ホタテの陶板焼き 
小ぶりですけど美味しかったです

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虎舞(こぶ) 
近松門左衛門作の人形浄瑠璃「国性爺合戦(こくせんやがっせん)」で「和藤内(わとうない)」が虎退治をする場面を元に舞にしたものです。
食事が終わる頃に会場で舞が披露されました

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迫る虎! 
客席のすぐ前に置かれた笹竹を虎が食べに来ます

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和藤内登場 
英雄の和藤内が虎を退治して舞は終了
三陸大槌を代表する郷土芸能「虎舞」はいくつかの団体があって、この日は「吉里吉里虎舞講中」の方たちが演じてくださいました。
『吉里吉里』という名称は井上ひさし著「吉里吉里人」に登場する架空の独立国の名前です。
とても面白い小説なので読み返してもいいかな。
1980年代にミニ独立国ブームがあって、町おこしの一環として独立宣言されました。
ブームは下火になりましたが、現在は震災後に「NPO法人 吉里吉里国」が設立されて雇用促進や環境保全の活動が行われています。
三陸鉄道・リアス線にも吉里吉里駅があります。
虎舞の団体では被災されて犠牲になった方がいたり道具が流失したそうですが、今では地域再生のため活動をされているそうです

ツアーバスでは「虎舞」に因んだどら焼き「虎舞焼き」のプレゼントがありました。
粉末の昆布を混ぜて焼いた生地に、昆布いりの白あんがはさまれてる栄養満点のどら焼きでした^^
三陸普代の昆布が使われています。美味しかった~

 

新しいヒーターを買ってもらった・空🐧&こまち&洋子

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2026年1月14日 (水)

岩手へ~3

 新しい年になりました
旧年中はこちらのブログにお立ち寄りくださいましてありがとうございました
本年もゆっくりと記事を更新していきますので、お時間のある時に覗いて下されば幸いです
今年は皆様にとって素敵な年になりますように
お正月早々、あちこちで揺れていますが大きな被害が出ませんよう、災害の少ない年になってほしいと願っています

岩手の旅での大切な目的は、2011年の震災の後、以前訪れた街がどのように変わったかを見届けてくることでした
2014年3月と12月に行った時の写真を振り返りながら検証してみたいと思います

(写真はクリックで大きくなります)
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向かう先に虹 
三陸鉄道普代駅を降りて、黒崎海岸で昼食を頂いた後、バスは宮古へ向かいました。車窓からはきれいな虹が見えました

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宮古の津波遺構 
左に見えているのが「たろう観光ホテル」です。
ツアーには「学ぶ防災」の現地ガイドさんがついて下さり、津波の恐ろしさ、命を守る行動などを話して下さいました

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2014年3月撮影 
赤い矢印が「たろう観光ホテル」黒い矢印は壊れた防波堤です

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製氷貯氷施設 
漁港近くの施設で、黄色の表示がついています。
一番下は昭和8年の大津波で最大波高10m、2番目は明治29年の津波で波高は15m、一番上が平成23年の津波で波高は17mまできました

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たろう観光ホテル 2014年3月撮影 
津波遺構の保存は決まっていたと思いますが、立ち入り禁止でした。
(この時の点検おばさんは初代です)

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たろう観光ホテルの1階 2025年11月 
鉄骨だけが残っている1階。この横に外付けの階段とエレベーターができていました。
津波の怖さを学ぶために最上階の部屋へ上がります
行きは階段を上がりましたよ^^;
最上階の部屋でこのホテルの社長さんが撮影した津波のビデオを見ました。
6階建ての4階部分まで浸水して、あおる波は6階のひさしにぶち当たります。
その反動で映像が途切れるのですが、社長さんは一瞬意識が無くなっていたそうです。
高台から見てるといかに津波が速く襲ってくるかがよくわかります。
ニュースなどで何度も見ましたが、その速さは本当に恐ろしく感じました。
とにかく高台へ逃げる事「つなみてんでんこ」てんでんばらばらに自分の命は自分で守る
という教訓をしっかりと心にとどめました

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2025年のたろう観光ホテル 
外付けの階段、エレベーターが見えますね

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防波堤 
この上も上がって見学しました


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防波堤の上「学ぶ防災」のパンフレットより
語り部の方の引率で防波堤の上から見学します

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高台の住宅
海岸近くは漁業の施設が多くて、住居や学校などは高台に建っていました

「学ぶ防災」はこのツアーで一番重く心に残りました。
2014年に見た時とは随分変わっていましたが、街のあちこちに津波の到達点の標識が立っていて、決して忘れてはならないと改めて思いました。
夕方は浄土ヶ浜へ向かいます
             ~つづく~

危険を察知する小鳥になれるか?空🐧&こまち&洋子

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