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会津若松・戊辰戦争前夜 ④

snowsnowsnow 大寒を過ぎた頃から強烈寒波で日本列島が震えあがっていますね。
めったに雪が降らない当地なので、雪かきや雪下ろしの大変さを知らなくて申し訳ない気持ちでいっぱいですweep インフルエンザも猛威を振るってるようでお出かけも躊躇していますし、学校関係のお手伝いも中止になりました。

さて会津の旅、二日目の午後は少し街中を散策した後、飯森山へと向かいました。

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城下町らしいお屋敷やシックな商店が並んでいます。

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あら?ちょっと気になるものを発見!

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会津新選組記念館ですって!!
骨董品を売っているお店なのですが、二階に新選組にまつわる物が展示されていました。
新選組は京都守護職だった会津藩主・松平容保に庇護され活動した武闘集団です。
会津藩と共に戊辰戦争を戦い、副長の土方歳三は会津から仙台~函館・五稜郭へと向かいます。会津藩が降伏した最後まで会津に残った隊士もいました。

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新選組隊士・斎藤一(はじめ)の墓。晩年は東京で過ごしたのですが、会津への思いが強く、お墓は城下の阿弥陀寺境内に建てられたそうです。
維新後は妻の実家の姓に改名して藤田五郎と名乗っていました。

阿弥陀寺には若松城から移築された「御三階」があります。
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見た目は三層ですが内部は一層で二階と三階の間に隠し部屋があるそうです。

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玄関の唐破風は鶴ヶ城の本丸御殿の一部を配したもので、紋所は三つ葉葵です。
会津若松市では鶴ヶ城・城跡公園の元の位置に「御三階」を復元する整備計画を検討しているそうです。
城下をさっと見た後は飯森山へ~

Map
~飯森山分店さんの公式サイトの地図より~

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白虎士中・二番隊の進路図です。
青色が猪苗代湖。猪苗代湖から流れる川にかかる十六橋を落として、新政府軍の進路を断とうとしたのですが、果たせず進軍を許してしまいます。君主・松平容保を護衛していた白虎隊は戸ノ口原へと出動させられましたが、圧倒的な攻撃力に撤退。
山中を迷いながら敗走し、戸ノ口疎水の洞門を抜けて飯森山の南面に到達します。

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この洞穴を潜ったとされています。傷を負った者も一緒でした。

そして鶴ヶ城の方角を見渡すと…
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少年兵の目の先には煙に包まれる鶴ヶ城が…

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お城から見えた白いポールは飯森山からも目印になっています。

実際はお城が炎上したのではなく、武家屋敷などが砲弾を受けて燃えたらしいのですが、
遠目にはもはやこれまでと映ったのでしょうか。
二番隊は自刃してしまいます。

飯森山に到達する前に戦死した3名を加えた19名の墓が並んでいます。
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自刃したものの蘇生した飯沼貞吉の墓碑は、少し離れた位置に建っていて涙を誘います。

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昭和3年にローマ市から贈られた碑
「武士道精神に捧ぐ」と刻されているそうです。

飯森山は悲しくて写真をたくさん撮れませんでしたcrying

飯森山にはもう一つ見逃せない不思議な建物があります。
通称「さざえ堂」と呼ばれるお堂です。
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龍が絡みつく柱がちょっと怖いですね。

正式名称は「旧正宗寺円通三匝(さんそう)堂」といいます。
江戸時代後期に建てられ、当時は阿弥陀如来を本尊とし三十三観音が祀られていました。明治の廃仏毀釈で廃寺となり、中の仏像は他所へ移されて、今は「皇朝二十四孝」の額が取り付けられています。内部を見学できるのですが、一方通行になっていて緩い斜路を登っていき、最上階で太鼓橋のように盛り上がった個所を超えると下りになります。下りも一方通行ですが、二重螺旋構造になっているので往路の人とはすれ違うことがないのです。

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横から見たさざえ堂。

お土産屋さんに骨組みの模型が置いてありましたが、一体なぜこんな構造を思いついたのでしょうね?フランスのシャンポール城にある二重螺旋階段の話が伝わったという説もあるのだそうですが、木造で当時のまま現存しているのはここだけなので平成になってから国の重要文化財に指定されました。

飯森山からお宿へ向かう途中に立ち寄ったのは会津藩・武家屋敷ですが~
長くなったので次回へ続きます…

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うっすら積もった雪を点検しました。

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薬液をどうやって飲ませるか悩み中。レトルトのチョイめしに垂らしています。
鶏肉がちょっと嬉しい、こまち &洋子

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コメント

八重の桜tv見ていたがこの記事の方が
よりよく歴史が解るだgood
(・∀・)ニヤニヤ
液体薬は本当に飲ませるの大変ずらよshock
クロcatにはシリンジで飲ませてるけんど
口の中が苦いらしく とても嫌がるので
減塩煮干しをすぐ食べさせているだ、、、
(○゚ε゚○)sweat01

投稿: あさひ | 2018年1月29日 (月) 15時07分

tv あさひさん、こんばんは
TVドラマはほとんど見てなかったけど、会津はまだまだ八重さんが頑張ってただ。いたるところにポスターや、等身大パネルがあったずら( ´艸`)プププ
この薬液なめてみたら甘いんだよ~。それでも薬だと分かると抵抗するんだねsad

投稿: ばんび | 2018年1月29日 (月) 22時27分

さざえ堂に興味津々ですhappy01
らせん状になっている外見が楽しいですね。

中学1年の時の担任が、歴史好きだったのでしょう、
文化祭の出し物に「白虎隊」を着物で踊らないかと
言いだした事がありまして。
クラス女子全員で反対しましたsweat01
なので、白虎隊と聞くと、いたましい史実と共に
どうしても、その担任の顔が浮かんできますcoldsweats01

投稿: 四季 | 2018年1月31日 (水) 14時03分

ばんびさんこんばんは☆
新撰組の本を持っているのですが、ばんびさんの記事を読んでいたら、またじっくり読み返したくなってきました。
白虎隊も悲しい歴史ですね。。
さざえ堂も何とも不思議な構造をしていて興味深いです!

そして、今回も最後はこまちわんこちゃんのご登場♪
薬はほんと、苦労しますよね(>_<)チョイめしが効果的だと良いですね*^^*

投稿: おやゆき | 2018年1月31日 (水) 21時43分

building 四季さん、こんにちは
さざえ堂は斜路を回っているっと感覚がずれてきます。二重螺旋構造はレオナルド・ダ・ビンチが考案したという説もあるそうです。模型の写真撮ってくれば良かったかな^^;お土産買わなかったからちょっと遠慮しました。白虎隊の剣舞の歌ちょっとだけ知ってます。最近はドラマ主題歌の「愛しき日々」でしょうか?

投稿: ばんび | 2018年2月 1日 (木) 18時11分

book おやゆきさん、こんにちは
時代小説が好きで幕末物はいろいろ読みました。子どものころは佐幕派って砂漠と勘違いしてさっぱり意味が分かりませんでした。
さざえ堂は東北~関東にあったそうなので、日本の大工さんの技術って素晴らしいですね。
こまち、今は薬飲めてますけど同じ味だと飽きるかもしれませんsad

投稿: ばんび | 2018年2月 1日 (木) 18時22分

さざえ堂はアミューズメント的な?心意気だったのでしょうか。見てみたい面白い建物ですね。
「飯盛山ご案内図」のスロープコンベアがなんだか気になって…
150年前の人が今は観光地だと知ったら驚くでしょうね。

投稿: チョロ | 2018年2月 3日 (土) 22時39分

run チョロさん、こんばんは
さざえ堂はお手軽巡礼みたいなものですね。御本尊はいなくなったので建物だけですが、よく残ったと思います。観光地っぽいコンベアがあるなんて帰路で気付いたんですよ。ツアーの団体さんが利用してるのかな?私たちは滝沢本陣の横から坂道を登って行きました。

投稿: ばんび | 2018年2月 4日 (日) 22時19分

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