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2019年3月31日 (日)

何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ)④<修善寺物語>

☀修善寺の朝ご飯は和定食。
伊豆・修善寺物語2019-4-01
一口サイズの小皿と鯵の干物、湯豆腐もありました。
このお箸がとても手にフィットしてて使いやすかったです。

伊豆・修善寺物語2019-4-02
柚子の香りのきのこ味噌が美味しい~。
ご飯のお代わりしたくなっちゃいます。
売店で売ってたので買おうかと思ったら意外と高かった^^;

朝ごはんをしっかり食べた後、修善寺川(桂川)沿いを散歩しました。
伊豆・修善寺物語2019-4-03
「竹林の小道」という散策路が整備されていてなかなか趣があります。

伊豆・修善寺物語2019-4-04
12月の初め。紅葉がまだ残っていました。

伊豆・修善寺物語2019-4-0
前日の雨で落ちたもみじがびっしりと敷き詰められて奇麗~💛

伊豆・修善寺物語2019-4-06
桂川にかかる朱塗りの橋の欄干にもみじが貼りついてました。

伊豆・修善寺物語2019-4-07
いい眺めです。

伊豆・修善寺物語2019-4-08
川に張り出すように建てられている東屋みたいなのが「独鈷の湯」です。
元の「独鈷の湯」は川の氾濫を起こしかねない位置にあったため、15年ほど前に現在の場所に移築されました。

伊豆・修善寺物語2019-4-09
1200年以上前、この地を訪れた弘法大師が親孝行の息子に感じ入り、川の岩に独鈷を突き立てたところ、岩が割れて湯が噴き出しました。父親の病はこの温泉効果で平癒したという伝説があります。
今は見学だけでお湯に入ることはできません。

伊豆・修善寺物語2019-4-10
修善寺で有名な老舗旅館。登録文化財にもなっています。
昔から文人・墨客が多く訪れているそうです。
夏目漱石が湯治に来ていた修善寺の温泉宿は「菊屋」さん、
どちらもお高いのよねえ><

伊豆・修善寺物語2019-4-11
温泉街の道は狭いのですが面白そうな店が並んでいます。
向こうにみえるのは「ふつうのそばや」と堂々と看板に書いてあるお店です。
ちょっと入ってみたくなりますね。

伊豆・修善寺物語2019-4-12
地名の元となったお寺「修善寺」へ
鎌倉幕府を開いた源頼朝が53歳で没した後、嫡男・頼家が18歳で二代将軍の座に就きました。
しかし政務はうまくゆかず、重い病に倒れた後、弟の実朝に将軍職を奪われ、母の北条政子によって修善寺に幽閉されてしまいます。
そして23歳で祖父の北条時政の手勢に殺されてしまいます。
この寺には「頼家の面」という寺宝があるのですが、舞楽の面で真ん中から割れています。
面と頼家の死を題材にした岡本綺堂作・新歌舞伎「修善寺物語」を思い出しながら「指月殿」へ行きました。

指月殿横には頼家の墓があります。

伊豆・修善寺物語2019-4-13
こちらはずーっと後になって建てられた供養塔です。
頼家の墓は左側の石段を上った所にあります。

伊豆・修善寺物語2019-4-14
「十三士」の墓と供養塔
頼家に従っていた13人の臣下の墓だそうです。

伊豆・修善寺物語2019-4-15
「指月殿」本尊・阿弥陀如来坐像
頼家の死を悼んだ母・北条政子が供養のために建てた「指月殿」は伊豆最古の木造建築。
本尊の阿弥陀如来坐像も伊豆最古の木像です。
「修善寺物語」あらまし。面打ち師・夜叉王に頼家が自分の面差しを映した面を作ってくれと頼むのですが、
試作の面に死相が出てしまい、夜叉王は面を仕上げることができません。姉娘は頼家の高貴な出自にあこがれて修善寺へ行きますが、時宗の手の者に襲撃されてしまいます。頼家の着物をまとい身代わりになろうとして深手を負い、実家へ逃げ戻った姉娘の瀕死の顔を、父親の夜叉王は面に写し取ろうと絵筆を取るのでした。

伊豆・修善寺物語2019-4-16
そーんな話はどこ吹く風の寺犬「ゴマ」ちゃん。
修善寺でお客様をお迎えしている賢い柴犬さんでした。

初対面のワンコが少し苦手なこまち &洋子

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2019年3月25日 (月)

何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ)③ 天城越えだよ~

🚙 記事に到達していただけるか不安ですが旅日記を続けます。
2日目、お昼ご飯を消化できたらいよいよ天城越えです。

伊豆半島は火山がぶつかってできた半島で山が多くあまり道がないのです。
アメリカの要求で下田港を開いても下田から江戸へ出向くのはとても大変。陸路で入ってこられないように下田港にしたのかどうか…
ハリス一行も江戸まで大変な峠越えをしたはずです。
私たちは観光タクシーで楽々山越えです。


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向こうに見えている巻貝の骨のようなのが河津七滝(ななだる)ループ橋です。これからあのぐるぐるを回っていきます。
♬天城越え~に出てくる道はつづら折れで険しかったのですが、地震による山崩れで道路が寸断されたため、新しくこのループ橋ができました。
高低差45m直径80mの二重ループを下田側からはゆっくりと登って行きます。
自動車だけでなく、二輪車、自転車も通行できます(ママチャリは無理っぽいなあ^^;)
そしていよいよ天城山隧道(あまぎさんずいどう)にやってきました。

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昔は灯りがなかったはず。提灯で通行かなあ…
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1905年(明治38年)完成。全長455.5m 幅員3.5m
切り石で積み上げられた日本初の石造道路トンネルで、現存する石造トンネルとしては最も古く、国の重要文化財になっています。
中で車がすれ違うのはちょっと無理ですが、普通に通行できます。
このトンネルの西側には「新天城トンネル(全長800m)」が1970年に完成したので、こちらを通る車は少なくなったと思います。
ここは川端康成の「伊豆の踊子」、松本清張の「天城越え」などに登場しますが映画でも出てきましたし、
天城山心中事件があった場所なので心霊スポットなのかもしれません。
トンネル内の照明はガス灯を模して造られていますので昔の趣が感じられますね。
石川さゆりさんの「天城越え」はメジャーリーグでイチロー選手の登場曲にもなりました。

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捜索隊が分け入った林?怖いような眺めです。

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峠の周りの山は紅葉が少し残っていました。

次は〽浄蓮の滝~~
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おばさんが大きく映っちゃってますが、滝はまずまずの大きさなんですよ。
落差25m幅7m、伊豆では一番大きな滝です。
玄武岩の柱状節理がくっきりと見えています。
この滝の主は女郎蜘蛛だそうで、伝説を描いた看板が立っていましたが、ちょっと暗かったので写っていませんでした^^;

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滝への降り口には「伊豆の踊子」の像が建っています。
お土産屋さんもあるのでわさびソフトクリームで一息入れるのもいいですね。

この滝の近くでワサビを作っているところがあるのですが、もっといい場所があるからとタクシーの運転手さんが山の中へ連れて行ってくれました。

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山の斜面を切り開いたわさび田がずーっと続いています。

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豊かな水がワサビを育てているのですね。

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ワサビの赤ちゃん、ポット苗を植えるんですね。

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ワサビを収穫中。ワサビ田にはモノレールが張り巡らされていて小さな運搬車に人も乗って移動しています。

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判りにくいですが、緑の田の上にあまり真っすぐではない線路が走っています。

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信州のワサビ園はもっと平らな広々した所でワサビを作っているそうですが、
伊豆ではこんな山奥を切り開いて作っていたなんて初めて知りました。

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中伊豆にあるワイナリーにも寄ってみました。
「中伊豆ワイナリーヒルズ」というシャトーが広大な葡萄畑の一角にあります(ホテル、結婚式場などもあるそうです)

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冬なので枯れ木の山みたいに見えますがとにかく広い(10ヘクタールもあるのですって@@)

店内には無料試飲コーナーがあったので少しだけ頂いて地下倉庫へ~
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ボトルさんたちが静かに寝てます。
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貴重なビンテージワインも保管されていました。
麦汁党員なのでワインはさっぱりわかりません^^;

中伊豆からお宿のある修善寺へ向かいました。
夕食は…
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いろいろでてくるんだけど、これぞ!っていうのが無かったねえ。

では本日のお口直し。
ちょっと前に土筆を頂きました。
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これを見て美味しそうだとは思わないよね。
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ハカマを取るのが大変。裸になったらあく抜きをします。
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甘辛く炒め煮にして卵でとじました。
労多くして功少なし。
そんなもんだよね~(;^ω^)

リニューアル後の更新はなかなか思うようにいかないけれどゆっくりやっていきます。

点滴されて少し元気になったこまち &洋子

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2019年3月20日 (水)

リニューアルされて

🐶 ブログ管理がリニューアルされてココログとうまく同期されてないかもです。

とりあえずちょっとお試しで記事を書いてみます。

昨日産直コーナーで買った「ブルビネラ」という花です。

6本で100円でした@@

黄色は元気になれる色ですね。

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2019年3月14日 (木)

何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ)②

2日目の朝、伊豆堂ヶ島のお宿から見た海は奇麗でした。お天気はまずまず、今日は下田へ向かいます。
海が呼んでるのだ~
1

下田といえば幕末に日米和親条約締結後、米領事館が置かれたところです。
1853年、浦賀港にペリー率いる黒船軍団が現れて鎖国下の日本は大騒ぎ。
圧倒的な軍事力で驚かそうというのは昔も同じでしたね。
「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず」(当時の落首)
上喜撰とは極上の緑茶、軍艦の蒸気船とかけてます。
一般大衆はいつだって冷めてる~

2
1854年、ペリーは再び軍艦7隻を率いて開国をせまりました。幕府はついに下田港と函館港の2港を開き、200年続いた鎖国が終わりました。
今はそれほど大きな港とは思えませんが、ここがペリー御一行の上陸地。
ペリー提督の銅像が立っています。
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この石碑は下田開港150年を記念し、当時の米・ブッシュ大統領のメッセージが寄せられて作られたものです。(横に和文も載っています)2004年ですからパパ・ブッシュさんではないですね。

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今なら船は負けてないのに~。
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海上保安庁の巡視船も立派です。

下田港から開国交渉の場所になった了仙寺までの道が「ペリーロード」と言われていて、そぞろ歩きにピッタリです。

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平滑川沿いにはレトロ感のある建物が並んでいます。

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マンホールのふたは黒船「サスケハナ号」ですがちょっとわかりにくいかな^^

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洋風、和風の建物が並んでいます。
雑貨屋さん、カフェなどがあるのですが寄りません><

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「粉」の暖簾が誘惑する~~(*≧m≦*)
まだ朝早いので休憩はなし・・・

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了仙寺に到着(徒歩10分くらいでしょうか)

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寺の由来などが詳しく書かれています。

下田港遊覧の時間になりました。
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当時の黒船「サスケハナ号」をモデルにした遊覧船に乗れるのかと思いきや…

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ありゃ?なんか簡素な木造船じゃないですか!
この時期「サスケハナ号」はメンテ中。代行船の「五百石船」に乗船。
料金は一緒ですって

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船の出航と同時にカモメがいっぱい飛んできます。
かっぱえびせんで餌付け~。
えびせんを持った手を伸ばしているとちゃんと咥えて行きました^^

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カモメに夢中で島の名前が聞き取れません。

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あちらの「弁天島」は黒船来港を聞きつけた吉田松陰が密航を企てて潜んでいた島です。
今は陸続きになっていて島内の公園を散策できます。
公園には吉田松陰と金子重輔の像があります。
勿論密航は失敗。自首した二人は牢獄へ。金子重輔は故郷の萩へ送還され獄舎で病死。
松陰は後の安政の大獄で刑死してしまいます。
松陰の元で学んだ長州藩士や薩摩藩によって幕府が倒れるまで10年足らず。
歴史の分岐点ともいえる開国でしたが…
肝心のアメリカは南北戦争が起こってあまり日本にはやってこなくなりました。

下田にはアメリカ領事館が置かれました。
下田条約締結2年後、玉泉寺を領事館として開設し、領事はタウンゼント・ハリスが着任しました。

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玉泉寺にはアメリカ人だけではなく、ロシアからプチャーチン提督や(露)ディアナ号高官、ドイツ商人などが滞在していて、船乗員の墓地もあります。
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お寺は今は建て替えられているのでちょっと見して、じっくり見学するのは境内にある「ハリス記念館」へ。
ハリス記念館には当時の資料が数多く展示されています。
舞台「唐人お吉物語」の一場面もありました。
領事ハリスに仕えた悲劇の女性「お吉」の物語はよく舞台劇で演じられました。
展示のお吉は女優佐久間良子氏がモデルになっていました。若い頃かな?

さてそろそろお昼ご飯ですね。
海岸から少し離れて中伊豆へ向かいます。

TVの旅番組でちょっと有名になったワサビのお店。
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出荷前のわさび。葉は漬物、わさびは大きさによってお値段が違います。

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わさび丼と蕎麦のセット(麦汁付き
お膳が来る前にわさびを鮫皮でおろします(板が小さいので結構疲れる

おかかの乗ったアツアツのご飯におろしたてのわさびをのせてお醤油かけていただきます。わさびがつ~~~んっと鼻先に…でもね、ここだけの話ですが、わさびが小っちゃいのよ。上の写真の大きなわさびならきっと美味しかったと思うけどね~。
お蕎麦も出てくるのが遅くて、期待してただけにちょっと残念でした。

お口直しに今日のお花
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こまちの散歩コースで見つけた「きゅうり草」
花の形はわすれな草に似ていますが、もっと小さくて直径2㎜程。
葉っぱを揉むとキュウリの匂いがします。
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100均で買ったスマホ用拡大レンズで撮ってみました(スマホは持ってないけど)
ピントを合わせるのが難しいですね。



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