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2019年4月30日 (火)

何処へ(伊豆へちょこっとお出かけ⑥)旅の終わりは三島~

 

韮山反射炉から程近くに「蛭ヶ島」という旧跡があります。

 

伊豆・三島2019-6-01
ここは平治の乱で敗れた源氏の御曹司・源頼朝が配流されたところで今は小さな公園になっていますが、当時は川の中洲でした。
蛭が多かったのかちょっと気味の悪い名前です
頼朝は14歳で流されて34歳で平家討伐の旗揚げをし、弟・義経たちと合流して平家を滅亡させ、鎌倉幕府を打ち立てます。約20年もの間ぼーっとしていたわけではありません。関東の豪族・北条時宗の娘・政子と恋に落ちたのです時宗に猛反対され婿を押し付けられそうになった政子は熱海の東にある伊豆山権現に逃げ込み、頼朝を手紙で呼び寄せて結ばれたのでした。(政子のほうが行動的)

伊豆・三島2019-6-02
頼朝31歳、政子21歳。
北条時宗も仕方なく頼朝を北条館に迎え入れたのです。おかげで頼朝は平氏討伐の挙兵準備を進めることができました。

伊豆・三島2019-6-03
頼朝と政子の縁結びにちなんだ梛(なぎ)の木
伊豆山権現の梛の葉をお守りとして持っていると願いが叶う、好きな相手と結ばれるという故事が伝わっています。

伊豆・三島炉2019-6-04
赤とんぼが止まっていました。
これから相手を探しに行くのでしょうか


伊豆・三島2019-6-05
配流になったとはいえまだ若さの真っ盛り。馬でこの辺りを駆け回っていた頼朝はかなりの男前だったと言われています。
弟の義経のほうが人気はあるけれど、頼朝の肖像画と比べると義経のほうが見劣りするかもしれませんね。

伊豆・三島2019-6-06
珍しい茅葺屋根の葺き替えが行われていました。

伊豆・三島2019-6-07
タクシーの運転手さんがぜひにと連れて行ってくれた「願成就院」でしたが、お休みで中を拝観することはできませんでした
鎌倉時代の創建で北条時宗の菩提寺だそうです。
ではお昼ご飯にしましょう

伊豆での最後の食事は三島へ
三島といえばうなぎです。有名店もいろいろありますが、運転手さんお勧めの「姫しゃら」さんへ行きました。
伊豆・三島2019-6-08
店の横に名前の由来、姫シャラの木が植わっています(左の木肌が赤っぽい木が姫シャラ)

伊豆・三島2019-6-09
豪華にうな重を食べる人、カキフライ定食(鰻付き)を選ぶ人、それぞれでしたがひつまぶしにしました。
茶碗蒸しもついててお腹いっぱい
少し歩いて腹ごなししなくては


伊豆・三島2019-6-10
三島には富士山の伏流水が川の中に湧き出している柿田川湧水群があります。
国道沿いの大きな公園の横に柿田川が流れていて遊歩道が整備されています。
三島梅花藻が有名ですが冬なので花は見えませんでした。

伊豆・三島2019-6-11
展望デッキから柿田川の湧水スポットを見ることができます
川底から水が湧き出ているのです動画じゃないのでわかりにくいですね。

伊豆・三島2019-6-12
砂が黒っぽく舞い上がっています。

伊豆・三島2019-6-13
都市開発の影響で湧水量が減少していくのを食い止めるため、公益財団法人・柿田川みどりのトラストが設立され、流域の土地を買い上げて自然環境を保全する運動が繰り広げられています。
展望デッキで湧水群の保全について説明されている方がいらっしゃいました。

伊豆・三島2019-6-14
旅の最後は三島大社へ。
来る年もいい旅ができますようにとお参りしました


伊豆・三島2019-6-15
お土産は~富士山ようかんパッケージが可愛いので買ってみました。
伊豆・三島2019-6-16
ようかんも富士山の形。まずまずのおいしさでした。

伊豆・三島2019-6-17
せっかくわさび田に行ったので本わさびを1本買ってきました。
わさびは摺り下ろして食べちゃいましたが、葉っぱが奇麗だったのでずーっと花瓶に入れてました
三か月後、とうとう新芽が出なくなったのでサヨナラしました

わさびより鰻が食べたかったこまち&洋子

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2019年4月21日 (日)

何処へ(伊豆へちょっこお出かけ⑤)韮山反射炉

修善寺から伊豆半島の付け根を目指して向かったのは世界遺産・韮山反射炉。
伊豆・韮山反射炉2019-5-01

幕末、列強諸国にに対抗するための軍事力の強化を幕府に進言していたのが韮山代官・江川太郎左衛門でした。
ペリー来航を受け、幕府もついに海防体制の抜本的強化に乗り出し、鉄製大砲鋳造の反射炉と品川台場の築造を決めました。
反射炉の仕組みは簡単に説明は難しいのですが、内部の天井がドーム状になった炉体部とレンガ積みの高い煙突の組み合わせによって炉内部がの熱が天井に反射して一転に集中し、鉄を溶かす千数百度の熱を得ることができるというものです。
伊豆・韮山反射炉2019-5-02
焚口がわかります。燃料は石炭でした。

伊豆・韮山反射炉2019-5-03
レンガは現在の河津町で生産されていました。当初は下田で建設が始まっていたのですが、ペリー艦隊の水兵が敷地内に侵入したためこちらの韮山に移転したのだそうです。

伊豆・韮山反射炉2019-5-04
こんな大砲を作っていたのでした
世界遺産に登録されてからは、ボランティアガイドの方が詳しく説明して下さいますし、隣には立派な「韮山反射炉・ガイダンスセンター」もできましたのでゆっくり見られるといいと思います。

伊豆・韮山反射炉2019-5-05
韮山代官・江川太郎左衛門の像と反射炉。撮影スポットです~
隣のお土産屋さんに気になるものが…

伊豆・韮山反射炉2019-5-06
「パン祖のパン」とはいったい何でしょう?
一個130円買ってみましょう。

伊豆・韮山反射炉2019-5-07
江川太郎左衛門さんが考えた日本で初めて作られたパンなのですって。
ちょっとかじってみましたが、硬い!歯が折れそうです。
保存、携帯しやすいパンを兵糧にしようと自邸に窯を築いてパンを焼かせたそうです。
乾パンより味が無くて硬くてぅぅぅ

韮山反射炉の見学と合わせて代官のお役所があった江川邸にも行ってみました。
伊豆・韮山反射炉2019-5-08
とても立派なお屋敷です。江川家住宅は重要文化財に代官役所の跡地は史跡になっています。

伊豆・韮山反射炉2019-5-09
大河ドラマの撮影があったのですね。東京からなら近くて便利だったかも。島津家屋敷に??薩摩藩は討幕派だけどいいのか?

伊豆・韮山反射炉2019-5-10
とても広くて主屋の中もぐるっと見学できます。中には江川太郎左衛門の自画像や反射炉、台場などの資料がたくさん展示されています。
土間の広さは50坪もあって圧倒されました。

伊豆・韮山反射炉2019-5-11
庭も広くて紅葉がいっぱいでした

伊豆・韮山反射炉2019-5-12
老木に小鳥の休憩所が備え付けられていました。

伊豆・韮山反射炉2019-5-13
竹を利用した傘立て。観光客のためのですね。

伊豆・韮山反射炉2019-5-14
米倉や武器庫が立ち並んでいます。
建てられたのは幕末から明治、大正と時代はいろいろです。

伊豆・韮山反射炉2019-5-15
パン祖の碑
昭和28年、全国パン協会が江川太郎左衛門(英龍)を「パン祖」として顕彰し、この碑を建てました

12月の初めなので観光客は少なかったのですが、せっかく世界遺産に登録されたのだから沢山の方に見て頂けるといいですね。
反射炉の隣にある売店の上まで行くと富士山が見えるそうです(晴れていればですが…)

葡萄パンは食べちゃいけないと言われてるこまち&洋子
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2019年4月 3日 (水)

失われた絵文字たち

👀 3月19日のリニューアルでココログオリジナルの可愛い絵文字が無くなってしまいました。今使える絵文字ははっきり言ってつまんない。見てる人も書いてる人も、モノクロに見えたり、カラーだったりバラバラです。
この記事はGoogle chromeからです。一応絵文字はカラーで見えてます。
前の絵文字をお友達が拾って下さいました。
ちょっと出してみますね。

                        
いかがですか?まだいっぱいあるけど、もしもコピペで使えたらどうぞ~。
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iine

 

 

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