長崎は今日も満腹~~だった^^;  ②

風薫る五月。いただいた新茶が美味しい~japanesetea
昨年の12月初めの長崎満腹の旅を振り返っていますが…。
さてさて第一夜のお食事は?

小浜温泉を通過して長崎市内に戻り、お宿へ到着。この日は本格中華料理を食べさせていただくので、歩いて中華街へ向かいました。
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途中で気になるお店を発見!!
長崎カステラの「福砂屋・本店」
このお店のは美味しいのでお土産の第一候補です。
でも旅は始まったばかり、お土産は最終日に買いましょうね。

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華やか~~。長崎中華街。

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同じようなお店がずらーっと並んでいます。
あれこれ迷っても仕方ないので、一番近いお店へGodash
(一応タクシーの運転手さんお勧めだったしね)

さあ!食べるよpig
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なんだろう?回鍋肉だったかな?

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エビチリだね。海老が大きくてぷりぷりです。

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北京ダック!!初めて食べましたよ@@

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八宝菜でしょう。
この他数種の料理が来ましたが…

おばさんの背中方向に気になる二人のお客さんがいらっしゃいまして、
お代わりの量がものすごい!!
料理よりも白いご飯が大盛に盛られて何杯も運ばれて行きます。

どうやらお相撲さんがお食事中だったようです。
見覚えのある関取さんが二人(名前がとっさに出てきませんでした。後からCMに出てるあのイケメン力士さんだと分かりましたが…)
サイン貰っておけばよかったかな^^;

デザートは普通の杏仁豆腐。
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本格中華ってこんなものかなって^^;
昼間から食べ過ぎてるので味がよくわかりません。
もちろん麦汁もしっかり頂きました。
お宿の近くは大人向きの夜の街。一人じゃとても入れないけど、折角だからということでBARへ連れていかれました。(岡山ではバルだったけど、ここはバーでした)

店内は暗くて落ち着いたBGMが流れています。ふかふかのソファーに座ってカクテルなんぞを頂きました。お通しは暖かいオニオンスープ。
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こういうお店に入ったことがないのでよくわかりませんが、
このスープがとても美味しかったのです。
外は冬になったばかりだけどちょっと寒かったのでほっとする暖かさでした。
食べ過ぎたお腹をやんわりと整えてくれた気がします。

ちょっと失礼してトイレを点検。
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トイレの壁に面白い漫画が…

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こちらは駄洒落カード
こういうの見てたら長居してしまいそう。

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ネオン街を彩るネオンテトラfish
そろそろ眠くなってきたのでお宿に帰りましょう。
二日目は長崎市内観光の後、カキ小屋へ行くのだそうです。~つづく~

5月といえば母の日ですね。こまちも一度だけ母になったことがあります。
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11年前の1月に3匹の仔犬を出産。
覚えてないだろうなあ~…

近所にいる自分の子どもに貫録負けしている こまちdog &洋子

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長崎は今日も満腹~~だった^^;

bullettrain 早いもので四月も終わりです。もう一年の3分の1が終わっちゃうのですね。

焦ってしまいそうですが、去年の記事でも書いて時間を戻してしまいましょう。
去年の12月の初めに、長崎で中華料理を食べ、イルカを見て、呼子のイカを食べに行かないか?と誘われたので(イカは自腹だって??)旅行貯金を下ろして準備万端。
集合場所は朝早い新倉敷の新幹線の中だそうで…wobbly
直行は無理なので前日は岡山で宿泊、朝食抜きで指定のこだま号に乗りました。
福山から新鳥栖へ行くのでのぞみ号には乗りません。のぞみは博多までだからね。

新倉敷から福山まで15分で乗り換え。九州新幹線さくら号に乗りました。
新鳥栖まで1時間45分くらいかかるんだって。
朝ごはんの代わりに岡山で頂いた酒蒸し饅頭を食べちゃいます。
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まだ麦汁タイムになってないので、酒蒸し饅頭でいいよね。

新鳥栖駅で乗り換えたのは長崎本線・特急かもめ号
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やってきました~~

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かもめ号だけどつばめのマーク。
前にリレーつばめ号に乗った時は、このマークの付いたアメを配ってくれたけどね。

約1時間半で長崎駅に到着しました。
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龍がお出迎え~。

長崎に着いたら早速お昼ご飯です。
九州最古(大正14年創業)の喫茶店「ツル茶ん」でトルコライスを食べるんだそうです。
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この喫茶店は「東洋日の出新聞社」のあったところで、中国から亡命していた孫文が新聞社関係の親しい人と写真を撮っています。
その中に、会津の武家屋敷で銅像になっていた西郷四郎がいました。
西郷四郎は柔道家でもありますが、この東洋日の出新聞の編集長をしていたのだそうです。こんなところで会津とつながっていてちょっとびっくり^^

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改装されてはいますが、とても古びた感じが出ている、雰囲気のあるお店です。
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看板も面白いですね。
店内には歴史を物語る写真やポスターがいっぱい貼られています。

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メニューもたくさんあります。「トルコ三四郎」なんてのもありました@@

ここはオーソドックスに「昔なつかしいトルコライス」を頂きます。
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一部違う人もいたようですね。

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ピラフの上にチキンカツカレーがどおおおんと乗っていてその横には
ケチャップ味がしっかりついたスパゲッティと、野菜サラダが添えられています。
く・苦しい~~小盛ってないのかしらん?
ちょっと手伝ってもらって完食restaurant
手伝ってもらったのはデザートも食べたいから^^;

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食べるミルクセーキです。
ミルクセーキって生卵のクセがあってあまり好きじゃないという方多いですね。
でもご安心を。こちらはフローズンミルクセーキなので、卵臭さがありません。
アイスクリームよりもさっぱりしたシャーベットで甘さも控えめ。
トルコライスでパンパンに膨らんだお腹を落ち着かせてくれる効果があるかも。
食後にセットでハーフサイズを注文することもできますよ。

さて、お昼が済んで落ち着いたので観光に出かけましょう。
今回のハイライト「イルカウォッチング」に出発です!
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車でしばらく行くと海が見えてきました~~

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口之津という港から観光船に乗ります。

晴れてるから大丈夫。イルカ出現率は99%
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波も穏やかそうだし…ちょっと風が冷たいかな?(12月だものね)

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午後3時からの乗船を少し早めてくれたのに、エンジン不調で港に引き返し、別の船に乗り換えました。
そんなこんなで風はどんどん冷たくなっていきました。
あの灯台のようなもののあたりが出現ポイントみたいです。

船は波しぶきをあげてポイントを目指します。
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いました!!会えました!!バンドウイルカです。

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船の周りを群れで泳いでいます。近寄ってくるんですね。

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時々ジャンプしますが、そう簡単には写せません^^;

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あっちの船の方ばかり行くみたい。

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しばらく船の周りを泳いでいましたがサービスタイムは終わったようで
オレンジのポイントの向こうへ去っていきました。
この海域にはバンドウイルカが400頭ほど棲みついているので年間をを通していつでもイルカに会うことができます。

時刻は午後16時ちょっと前。では港へ帰りましょう。
冬の海は風が冷たいし波しぶきもすごいです。
甲板にいると頭からしぶきをあびてびしょぬれ。でも楽しい~happy01
船長さんから港まで速度上げるから船室に入るように言われました。
狭いんですけど~~。観光船でも一番小型の12人用でしたからね。
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船室って狭い物置じゃん!
ちょっと波が荒いので船酔い気味のメンバーもいました。
おばさんは平気^0^

日暮れが迫っていますから今夜のお宿へ向かいましょう。
雲仙、島原あたりを通過中。ちょっとトイレ休憩。
湯煙が上がってるところがありました。
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島原・小浜温泉足湯「ホットフット」の湯棚
100℃を超える源泉から湯気がもうもうと上がっています。
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日本一長い足湯。小浜温泉の源泉温度105℃にちなんで長さは105mもあるんだそうです。

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湯釜。
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温泉の蒸気で蒸すんですね。卵食べたかったなあ~。
待ち時間があるからね。
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この施設は平成22年にできたそうでまだ新しいですね。
以前、沈む夕日を見ながら露天風呂に入れるお宿に泊まったけど、この近くだったような…

長崎へ向かう途中に不思議な神社がありました。
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橘神社の鳥居の横に突き出すように出ているのはギネスにも登録されている世界で一番高い門松で11mほどあるそうです。まだ12月の初めだったので飾りつけはなく、竹がそびえたっているだけでした。
この神社は日露戦争で戦死した橘中佐を軍神として祀る神社で全国でも珍しいそうです。
神社のある場所は雲仙市千々和(ちじわ)というところですが、天正遣欧少年使節の千々石ミゲルの出身地でもあります。
島原~長崎キリシタンの歴史はまた今度じっくりとね。

そろそろ日も暮れたころお宿へ到着。晩御飯は~もちろんあれです!!…続く

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たまには代わって留守番してよって言いたげな こまち &洋子

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美術館への道 西へ

bullettrain 4月になって早くも桜が散り始めたと思ったら思わぬ寒の戻りで、またまた暖房のお世話になってます。25度の夏日から10度以下の冬日へ…体力消耗が激しいですね。

美術館への旅、前後しますが昨年の12月に西国へ向かう途中に岡山で中休みをしました。
(新幹線の時間合わせの都合だったのですが)

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岡山駅前の桃太郎の像。檻のようなものが?
あの形、桃が割れてるんですね。
12月なのでイルミネーションの飾りらしいのです。残念ながら夜は見てませんでした。

とりあえずお昼ご飯~
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駅の食堂街に何故か仙台の牛タンのお店がありました。
タンシチューのセット・麦汁ナシ^^;
美味しくいただきました^0^

さてバスに乗るんだっけ?
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駅前からは路面電車やらバスがたくさん出ています。
かわいい「めぐりんバス」に乗ります。

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降りたバス停は岡山県庁前。
窓がきれいな県庁ビル。

目指す美術館はお城の近くなんだけど…
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地図で見ると近いけどぐるっと回るんだよね。

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あちらです。「林原美術館」といいます。
門はお城の雰囲気がありますね。

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石垣が好き♡

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林原美術館の特別展示「池田家の至宝と曹源寺」が開催されていました。

曹源寺(そうげんじ)は春にココ友さんに連れて行ってもらいました。
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岡山藩主・池田家の菩提寺です。
曹源寺の伽藍整備に尽力した五代岡山藩主の池田治政公にゆかりのある品々がたくさん展示されていました。

治政公は書画や茶の湯をたしなむ文化的な大名でした。
パンフレットの写真でいくつか紹介しましょう。
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左は茶釜(曹源寺所蔵)
右は治政公と親交のあった松江藩主・松平不昧(まつだいらふまい)公愛用の茶道具・水差(松江歴史館所蔵)

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左の「百寿図」は白隠筆
所蔵品の数々

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右の「御後園図」は治政公筆です。
御後園とは岡山後楽園のことですが、芝生を敷き詰めた現在の庭の姿に整えたのも治政公でした。

写真にはないのですが、書も立派で迫力がありました。
松平不昧公の書はパンフレットの右にある「雪」です。
松江は茶道が盛んで和菓子がおいしいですね。
不昧公好みと銘のあるお菓子を時々見かけます。

美術館を出て少し歩くと岡山城が見えてきました。
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美術館とお城のパターン^^;

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こちらからお城を見るのは初めてです。
きれいですね。ピカピカです。

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これは築城当時の石垣です。
岡山城主の戦国大名・、宇喜多秀家によって築城されました。

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城の裏手を流れる旭川。
この川の流れを変え、掘削した土砂を盛り上げてお城の敷地を作ったのだそうです。
重機なんかなかった時代ですし、途中で朝鮮への出兵もあって、完成までに8年を要したそうです。
おばさんの左手の方角が後楽園です。
後楽園はまた次回ね~
路面電車に乗って駅前に戻ります。

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電停に通じる地下道は一部吹き抜けになっていて噴水があります。
おしゃれですねえ。

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夜はココ友さんにおしゃれなバルに連れて行ってもらいました。

ところでもうお花見は済まされましたか?
桜前線が駆け足だったので予定を立てにくかったですね。

昨年の岡山・曹源寺の桜を思い出しながら…桜巡りをしてみました。
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曹源寺のお庭の枝垂れ桜。(昨年の三月末頃)

今年の岡山では
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半田山植物園に連れて行っていただき、花吹雪の丘を歩きました。
一山全部桜って感じです。

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樹齢100年ほどの老木の桜。
この桜をパステル画で写生していらっしゃる方がいました。
絵になる木ですねえ。

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家の近くの養魚池の桜

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こまちは上を見上げるってことをしません。
春は桜どころじゃないんだよね。

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動物病院の待合室は憂鬱な顔したワンコがいっぱい。
この日は柴犬が多かったのね。

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あっ!何するのぉーーー( ゚Д゚)

予防接種は一瞬で終わります。
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痛くなかったもん(*'ω'*)

スギ花粉は収まったようで、花粉症のかゆみはなくなったようですが、
これからは蚊や草むらの害虫との戦いだね。

薬が増えたのにおやつは増えない>< こまち &洋子

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美術館への道 その2

art まだ3月なのにもうソメイヨシノは満開になってしまいました。日中はコートなんていりません。半袖でもいいかなと思うくらい暖かい日が続いています。でも花冷えとか花散らしの雨とかこれからまだまだ気候は変化していくから油断はできませんね。

今回は市内の美術館へ行ってみました。
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公園の一角にある赤レンガ風の建物が豊橋市立美術博物館です。

正面玄関はこちらです。
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赤いパラソルはカフェのテラス席です。前に来たときは無かったけどな。

今回のお目当ては「ウィリアム・モリス」展。
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“原風景でたどるデザインの軌跡”というサブタイトルがついています。

ウィリアム・モリスは1834年、イギリスのロンドン郊外で生まれました。オクスフォード大学在学中に思想家・ジョン・ラスキンの影響を受け、産業革命による機械化、量産化傾向に反発し、純正な素材、手仕事の重要性を訴えてモリス・マーシャル・フォークナー商会を設立。家具や壁紙などのデザインを手がけ、「モダンデザインの父」と呼ばれました。

モリスゆかりの地を巡る映像、別荘の間取りの写真や家具などとともに、デザイン画がたくさん展示されていました。100年以上前のデザインでも色あせることはありません。

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こんなカーテンのある部屋で静かにお茶を飲みたいですね。

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「役に立たないものや、美しいと思わないものを、家に置いてはならない」とモリスは言っています。はぁ~~~。

絵葉書を3枚買ったので時々眺めることにしましょう。

天気が良かったのでこまちも連れてきました。
さて公園を散歩しましょうか。
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あちらが気になるようですね…
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この公園に来たのは5回目かな?

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見覚えがあったのか、それとも臭いの記憶か?

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こまちの視線の先には吉田城の鉄櫓がありました。
天守閣ではありません。殆どの建物は明治になってから火災で焼失してしまい、昭和29年にこの鉄櫓だけが復元再建されました。

内部は無料で見学できます。こまちは入れないねえ…と諦めかけていたら、受付の係の方がこまちを預かってくれたので、4階まで急いで登ってみました。

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立体模型がありました。
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こちらが大手門ですね。東海道の要所なので戦国時代には吉田城・争奪戦が繰り返されたのだそうです。
吉田は「ええじゃないか」発祥の地という説もあるのです。伊勢神宮のお札が降ったことから始まったとかなんとか…
写真パネルや複製の鎧、陣羽織などの展示もありました。
子どもの頃、中に入ったことがありますが、暗くて何もなかったことしか覚えていません。

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4階の窓からは豊川が見えます。ぐるっとカーブして右側から流れる朝倉川と合流しています。左側には国道1号線にかかる吉田大橋があります。

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本丸跡。石垣っていいよね~。

公園の前にはレトロ感たっぷりの教会があります。
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豊橋ハリストス正教会
1913年に完成したビザンチン様式の美しい教会です。
現在では国の重要文化財に指定されています。
内部の見学は予約が必要。

某幼稚園が一時期この教会を借りていたこともあって、教会の庭に白いエプロン姿の園児さんたちが遊んでいました。まるで子羊の群れのようでしたね。

教会の向こうの道路には路面電車が走っています。
TVドラマのロケ地になっていたそうですが、エキストラ募集があったなんて知りませんでした。
家の中に美しいものを置くのはなかなかできませんので、時々美術館へ行って目の保養をしてこなくっちゃね。

目の保養よりも美味しいものをと思っているこまちdog & 洋子

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美術館への道

art 春彼岸でようやく春らしい日が続いてるなと思ったら、ソメイヨシノが開花して、あんなに寒かった冬なのに桜の開花は早くてびっくりです。
咲いたと思ったら雨が続いていますが…

花散歩はゆっくりこれから楽しめるので、美術館へ行かなくちゃね…

2月の終わりごろ、日帰りで東京へ行ってきました。

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新幹線で富士川の鉄橋を渡る時、見事な富士山が見えました。
1~2月の富士山が一番きれいかな?

東京へ着いて地下鉄に乗って、「竹橋」という駅で降りました。
駅の近くにあるのが東京国立近代美術館です。
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初めてきました。

お目当ては大好きな画家「熊谷守一」展です。
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没後40年を記念して若い頃から晩年までの作品が一堂に展示されていました。
初期のころの作品は闇の中にロウソクの炎が浮かび上がるといった、光と影を強調した絵が多かったのですが、戦後から大きく作風が変わってきて、最も守一らしい絵を生み出してきました。

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左上の「稚魚」という作品はマチスの「ダンス」と対比されていて面白い絵です。
右上は「雨滴」 この絵を愛知県美術館で見て好きになったんだっけ。
左下の「地蜘蛛」蟻かなと思ったけど蜘蛛でした^^
右下は「群鶏」 庭にたくさんの鶏を飼っていたんですね。

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「豆に蟻」
蟻を一日中眺めていたという逸話もあるそうです。
豊島区にある旧宅の跡地に建っている「熊谷守一美術館」の塀には蟻が描かれているそうです。そちらへも行ってみたいですね。

画壇の仙人と呼ばれた守一の90歳を過ぎの暮らしぶりが「モリのいる場所」という映画になりました。(公開は5月19日から)
熊谷守一を山崎 努、妻秀子を樹木希林が演じています。
展覧会の音声ガイドもこの二人がされていたので映画の場面が浮かぶようでした。

沢山の作品を鑑賞した後は美術館の4階へ。
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広く大きな窓のある休憩室「眺めの良い部屋」から皇居が見えます。
右上に見えているのは「乾門」

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左方面は大都会のビル群です。お堀が見えますね。
皇居の緑とビルと…ふぅ~

さて腹ごしらえしなきゃ。
ココ友さんに教えていただいた、竹橋駅横のパレスサイドビルにある「赤坂飯店」さんへ
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担々麺を頂きました。
平日のお昼、ほとんどの方が担々麺を食べていました。
美味しかったです~^0^

では次の展覧会へ行きましょう。折角東京へ出てきたのだからもう一つくらい見なきゃね。
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上野です。「東博」です。パンダはおばさんの背中の方角の動物園にいるはずだけど、今日は行きません。

目指すは東京国立博物館・平成館。
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うわっ!!凄い人です。去年の春日大社宝物展もこんな人だかりでした…

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今年は「仁和寺と御室派のみほとけ」展です。
入場まで30分待ちですって>< 待ちますよ!!だって非公開の秘仏ばかりですからね。
今見なきゃ二度と見られないかもです。

パンフレットの写真から少しだけ紹介しましょう。
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国宝・千手観音菩薩坐像 大阪・葛井(ふじい)寺蔵
普通の千手観音は手が40本なのに、この観音様には1041本もの手があります。
横からも見ることができ、本体の後ろの木に小さな腕が植え付けられているのがよくわかりました。

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御室派の各寺院から国宝・重要文化財の秘仏が集合していました。
美術品運搬、大変だったでしょうねえ。

圧巻だったのはこちら↓
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仁和寺の観音堂が再現されていたのです。
もちろん非公開なのですがここだけ撮影ができましたcamera

人、人、人の頭越しに撮影。フラッシュNGでしたけど…
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仏像の配置はもとより、壁の背面まで再現されていて、観音堂をぐるりと拝観した気分です。

仁和寺は御室桜という遅咲きの桜が有名です。
金閣寺~竜安寺~仁和寺を巡る「きぬかけの道」をのんびり散策するのがいいそうです。

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平成館の隣・表慶館では「アラビアの道」でサウジアラビアの至宝展をやっていたけど、もう帰らなきゃ。

上野駅に向かいましょう。
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クジラさん、またね~

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国立西洋美術館では「プラド美術館展」 
なぬっ!ベラスケスが来てたんだ…。
5月まである^^
動物園にも行きたかったけどまた今度ね~。


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沢山歩いたので、北海道物産展で“プリュレカスタードインバウム”を買って疲れを取りました。

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診察台で笑顔?のこまち。
来月は予防注射だね~。

花粉症だけど散歩大好き・こまち &紫外線嫌い・洋子

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会津若松戊辰戦争前夜 ⑥(これでおしまい)

cherryblossom 弥生三月です。散歩コースのお庭の梅も散り始め、サクランボの花が咲き始めました。
2月は冬季オリンピックで盛り上がりましたが、あっけなく終わってしまいましたね。

さて会津の旅、城下を離れて裏磐梯方面へと向かいました。
今回の旅でどうしても行きたかった場所、幕末の歴史とはかけ離れていますが、私的にはハイライトなのであります。

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諸橋近代美術館

1999年に実業家・諸橋廷蔵氏が、蒐集した美術作品と用地、建物を寄贈して、この美術館が開館しました。(修学旅行で会津に来たときはなかった…)
近くには五色沼がありとても景色の良い所です。

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あいにくの雨でしたが、敷地内には小川が流れています。

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建物の前面は広々とした池があって天気が良ければ湖面に美術館が映るのですが…

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左の小高くなっている所に駐車場があります。

展示物の写真は撮れないので、パンフレットや作品集からお気に入りを紹介しましょう。
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この美術館の凄さはダリの名品が一杯集められていることです。
特別展示は挿絵版画でした。
セルバンテスの「ドン・キホーテ」やダンテの「神曲」の挿絵として制作した数々の作品。
大作「テトゥアンの大会戦」など圧巻でしたが、常設展示の彫刻に目を奪われました。

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「時間のプロフィール」
溶けかかったような時計を見たらすぐダリだとわかりますね。

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「天使のビジョン」
親指は神を表しているらしい…
天使の羽根を松葉杖で支えていますが、他の作品にも支える杖がよく出てきます。
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人体に引き出しを組み込んだり、昆虫のような足をした象だったり、
ダリって本当に面白いです。
館内にはおしゃれなカフェもあって、オリジナルのケーキもいただけるそうです。
来年は創立20周年になるのできっと記念の催しなどがあると思います。
(冬期は閉館してるようなので、お出かけの際は開館日を確認してくださいね)

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天気がよければ磐梯山も見えるのに…

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雨だからねえ…

五色沼へ行ってみましょうか。

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毘沙門沼(五色沼群では最大の沼)
1888年(明治22年)に磐梯山の小磐梯(こばんだい)が水蒸気爆発によって山体が崩壊し、20億トンもの岩なだれが発生しました。
川水と混じった泥流はいくつもの村や集落を襲い、477名の方が亡くなったそうです。
泥流は長瀬川をせき止め、桧原湖、秋元湖、小野川湖と五色沼群を作りました。
この美しい景色も、自然の驚異のなせる業からなんですね。
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天気さえ良ければいくつかの沼を巡るコースを歩きたかったのですが…
雨で寒い><建物の中に入りたい~~

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紅葉も少し早かったのかな?

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近くのドライブインでランチです。
名物「ソースカツどん」を頂きました。
ボリュームたっぷりでお腹が苦しい~^^;

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少し時間があったので桧原湖の遊覧船に乗りました。
磐梯山の噴火ってもっと大昔だと思っていたんですが、明治の半ばだったんですね。
噴火記念館で詳しく資料などを見て、明治22年7月15日、早朝7時30分設定で噴火の地響き体験をしました。

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雨雲で隠れちゃってるなあ…。
〽会津磐梯山は宝の山よ~
幕末~明治~現代と会津は厳しい試練に会ってきたけど
これからはずーっと宝の山でいてほしいです。

帰路は福島駅から新幹線に乗りました。
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大きな駅です。お土産とお弁当を買いましょう。

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もうすぐ震災から7年。今度は海側へ行かなきゃね。

🌸 おまけ
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このフィギュアが気になるんです。
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「会津侍 若松っつん」
会津の街のイベントに人間の若松っつんも出没するそうですが、今回は見られませんでした。グッズも少なくて、クリアファイルだけ手に入れました。

お土産は会津塗りのスプーン
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お粥や、雑炊、スープにぴったし。
空気のように軽いし、金属のように熱々にならないので1本あると重宝します。
お椀も欲しかったけどまた今度ね~。

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梅が終わります~
ということは花粉が飛んでる~(;^ω^)

こまちは犬のくせに花粉症です。この時期は外へ出したくないのですが、散歩はしなくちゃね。数年前にワンコグッズ専門のお店でゴーグルを買いました。
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似合うと思うけど、つけたら固まって歩きません><
今では目薬をさせるようになったのでゴーグルはお蔵入りしてます。

目薬よりも飲み薬が苦手…こまちdog &洋子

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会津若松戊辰戦争前夜 ⑤

snow 立春を過ぎてもまだまだ強烈寒波が続いています。それでも日差しは日を追うごとに強くなって、光の春はもうすぐです…と、思いたいですねぇdespair

会津への旅二日目の夕方、お宿へ向かう前に立ち寄ったのは「会津武家屋敷」。会津藩家老・西郷頼母(さいごうたのも)の屋敷を中心に会津の歴史的建造物が集まった屋外博物館です。

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菊の鉢で表門が飾られていました。
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久しぶりに立派な菊を見た気がします。
正面奥が「表玄関」で、お殿様や藩の重要人物をお迎えする玄関です。
各部屋は庭から見学することができます。

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部屋数は38もあって、お成りの間など客室は表側に、家族や使用人が住む部屋とは別格になっています。

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お殿様専用のトイレ(一番奥に見えてるのが便器です)畳敷きになってます。
お殿様の健康管理のため、用を済ますとチェックが入ります。

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砂を敷いた箱車。これを引き出してチェックされてるんですって。
使用したらその都度取り出して処理されます。

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こちらは浴室。
焚口はなく、台所で沸かした湯を桶で運んでいたそうです。
火の用心のためと書いてありますね。


沢山の部屋には当時の生活の様子がわかるような展示がしてあるのですが…

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「自刃の間」 普段家族が使用していた奥の間ですが…ここで一族21人が自決しました。

第二資料館では西郷頼母の妻・千恵子はじめ一族21人が自刃した模様が再現されています。
新政府軍が乗り込んできて、虫の息の16歳の娘を介錯する場面、悲しくて写真は撮れませんでした(/□≦、)
家老・西郷頼母は恭順派で藩主・松平容保に京都守護職を辞退するように進言したのですが退けられてしまいます。鶴ヶ城籠城戦になった時、頼母は会津を脱出、白川~函館へ向かいます。
主人不在の屋敷では足手まといにならぬためにと妻・千恵子他女子、幼児を含む一族21人が自刃して果てたのでした。

西郷頼母は函館・五稜郭で終戦を迎え,明治になってから数年後、志田家から四郎を養子として迎えます。
この人こそ小説「姿三四郎」のモデルで近代柔道の礎を築いた「西郷四郎」なのです。
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講道館時代に編み出した大技「山嵐」の像

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わずか五尺一寸(約153センチ)と小柄な方でした。
柔道着も展示されていましたがホントに小さめでした。

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資料館も広くて立派です。

裏門の近くに精米所がありました。
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水車が回っていますが、しぶきがかかるのでビニールで囲ってありました。
石臼は16個あり、一日で16俵のお米が精米できる、東北一の精米所だそうです。

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「旧中畑陣屋」福島県指定重要文化財
1837年に建てられた東北に残った最後の代官所です。

敷地の中にはまだまだ沢山の展示館や見どころがありましたが、日暮れも近いのでお宿へ向かいました。

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滝の近くの温泉宿。
廊下に「誠」の旗が…
説明書きを読むと、どうやら傷を負った土方歳三がこの温泉で傷を癒したとか…。

新選組と会津に思いをはせながらお料理を頂きました。
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野菜が美味しい~~
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お肉も美味しい~
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一番美味しかったのは、黒豆の入ったご飯でした。
お米が際立つ美味しさです。
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デザート2種も出てきた^^

お腹いっぱいでぐっすり眠れました。
多分3日目は雨のようです…       つづく~

点検おばさんは立春過ぎに梅まつりを点検してきましたが…
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数本しか咲いてなかった…やっぱり今年は寒いよね。

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カシミヤ入りの高価なセーターが全然似合わない(*´з`)こまち &洋子

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会津若松・戊辰戦争前夜 ④

snowsnowsnow 大寒を過ぎた頃から強烈寒波で日本列島が震えあがっていますね。
めったに雪が降らない当地なので、雪かきや雪下ろしの大変さを知らなくて申し訳ない気持ちでいっぱいですweep インフルエンザも猛威を振るってるようでお出かけも躊躇していますし、学校関係のお手伝いも中止になりました。

さて会津の旅、二日目の午後は少し街中を散策した後、飯森山へと向かいました。

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城下町らしいお屋敷やシックな商店が並んでいます。

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あら?ちょっと気になるものを発見!

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会津新選組記念館ですって!!
骨董品を売っているお店なのですが、二階に新選組にまつわる物が展示されていました。
新選組は京都守護職だった会津藩主・松平容保に庇護され活動した武闘集団です。
会津藩と共に戊辰戦争を戦い、副長の土方歳三は会津から仙台~函館・五稜郭へと向かいます。会津藩が降伏した最後まで会津に残った隊士もいました。

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新選組隊士・斎藤一(はじめ)の墓。晩年は東京で過ごしたのですが、会津への思いが強く、お墓は城下の阿弥陀寺境内に建てられたそうです。
維新後は妻の実家の姓に改名して藤田五郎と名乗っていました。

阿弥陀寺には若松城から移築された「御三階」があります。
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見た目は三層ですが内部は一層で二階と三階の間に隠し部屋があるそうです。

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玄関の唐破風は鶴ヶ城の本丸御殿の一部を配したもので、紋所は三つ葉葵です。
会津若松市では鶴ヶ城・城跡公園の元の位置に「御三階」を復元する整備計画を検討しているそうです。
城下をさっと見た後は飯森山へ~

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~飯森山分店さんの公式サイトの地図より~

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白虎士中・二番隊の進路図です。
青色が猪苗代湖。猪苗代湖から流れる川にかかる十六橋を落として、新政府軍の進路を断とうとしたのですが、果たせず進軍を許してしまいます。君主・松平容保を護衛していた白虎隊は戸ノ口原へと出動させられましたが、圧倒的な攻撃力に撤退。
山中を迷いながら敗走し、戸ノ口疎水の洞門を抜けて飯森山の南面に到達します。

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この洞穴を潜ったとされています。傷を負った者も一緒でした。

そして鶴ヶ城の方角を見渡すと…
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少年兵の目の先には煙に包まれる鶴ヶ城が…

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お城から見えた白いポールは飯森山からも目印になっています。

実際はお城が炎上したのではなく、武家屋敷などが砲弾を受けて燃えたらしいのですが、
遠目にはもはやこれまでと映ったのでしょうか。
二番隊は自刃してしまいます。

飯森山に到達する前に戦死した3名を加えた19名の墓が並んでいます。
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自刃したものの蘇生した飯沼貞吉の墓碑は、少し離れた位置に建っていて涙を誘います。

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昭和3年にローマ市から贈られた碑
「武士道精神に捧ぐ」と刻されているそうです。

飯森山は悲しくて写真をたくさん撮れませんでしたcrying

飯森山にはもう一つ見逃せない不思議な建物があります。
通称「さざえ堂」と呼ばれるお堂です。
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龍が絡みつく柱がちょっと怖いですね。

正式名称は「旧正宗寺円通三匝(さんそう)堂」といいます。
江戸時代後期に建てられ、当時は阿弥陀如来を本尊とし三十三観音が祀られていました。明治の廃仏毀釈で廃寺となり、中の仏像は他所へ移されて、今は「皇朝二十四孝」の額が取り付けられています。内部を見学できるのですが、一方通行になっていて緩い斜路を登っていき、最上階で太鼓橋のように盛り上がった個所を超えると下りになります。下りも一方通行ですが、二重螺旋構造になっているので往路の人とはすれ違うことがないのです。

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横から見たさざえ堂。

お土産屋さんに骨組みの模型が置いてありましたが、一体なぜこんな構造を思いついたのでしょうね?フランスのシャンポール城にある二重螺旋階段の話が伝わったという説もあるのだそうですが、木造で当時のまま現存しているのはここだけなので平成になってから国の重要文化財に指定されました。

飯森山からお宿へ向かう途中に立ち寄ったのは会津藩・武家屋敷ですが~
長くなったので次回へ続きます…

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うっすら積もった雪を点検しました。

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薬液をどうやって飲ませるか悩み中。レトルトのチョイめしに垂らしています。
鶏肉がちょっと嬉しい、こまち &洋子

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会津若松・戊辰戦争前夜 ③

three 寒中です。寒波きついですね。昨年もちょうど今頃寒くてうっすら雪が積もりましたが、今年はまだ雪は降りません。朝の散歩で薄い氷が張ってるとつい踏んで割りたくなります。

さて、今年は明治維新から150年。大正・昭和・平成と続きましたが、いよいよ来年は新年号になりますね。はあ~3年号経験しちゃうんだ…。

会津若松の旅はまだ戊辰戦争前夜です。

2日目は会津若松城下へ。

会津若松城(鶴ヶ城)といえば白虎隊ですね。鶴ヶ城へ行く前に白虎隊の学び舎だった藩校・日新館へ行きました。

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戊辰戦争で焼失してしまいましたが、昭和62年に、少し鶴ヶ城から離れた、会津盆地を見下ろす位置に堂々と復元されました。
江戸時代、全国に300ほどあった藩校の中でも随一と言われた立派な学び舎です。
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藩校へ上がる前、6歳~9歳までの子どもたちへ徹底的に教え込まれた「什の掟(じゅうのおきて)」
「ならぬことはならぬものです」だけが心に残ってしまって…

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まずは「論語」の素読からですので、校内には孔子廟に必ずある櫂の木(別名クシノキ)が植えられています。岡山の藩校・閑谷学校(しずたにがっこう)の櫂の木が有名ですね。

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校内を順路に従い見学していきます。
各部屋には勉学や掃除に励む子どもたちの姿が再現されています。

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プール! 水練用の池です。指導員が厳しい目で見ています。

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乗馬訓練の木馬。
弓道場や射撃訓練場、天文台もありました。

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赤べこ製作所。
来館者はここで赤べこや起き上がりこぼしの絵付けができます。
いろいろな武士道の体験や合宿などもできるそうです。
(修学旅行にいいかも~)

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少し小高い所に建っているので会津盆地が見渡せます。
日新館は実際にはお城の西側にあったのですが、ここからはお城は見えてません。
では鶴ヶ城へ行ってみましょう。

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鶴ヶ城は天守閣を初め、本丸御殿など戊辰戦争では焼失しなかったのに(砲弾を受けて傷ついてはいましたが)明治になって全て取り壊されてしまいました。
当時の写真が残されていますが今よりも高い七層だったのですね。
昭和40年に天守閣が五層で復元されました。

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石垣の中にひと際目立つ巨石が(2X3mくらい)あります。
これは鏡石といって魔除けとして入れたものだそうです。

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看板は「武者走り」の説明なんですが、外国からのお客様はハート型の石に惹かれているようです。

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五層まで会津の歴史に関する展示を見ながら階段を上って行きます。
それほど急な階段ではないし、一気に上るのではないので大丈夫です。

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展望層から飯森山方面を見ました。
白いポールが目印と言われたので真ん中に入れて写真撮りました。

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修学旅行で行った時はお城の近くで白虎隊の衣装をつけた女性たちが剣舞を披露しておられたのですが…この日は静かでした。

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桜の木が沢山植えられていますが、こちらの桜は数年前、大河ドラマの主人公・山本八重を演じた綾瀬はるかさんによる植樹だそうです。

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福島へのメッセージがありました。
ドラマのモデルになった桜の木は飯森山へ向かう農地の脇にあって、桜の季節には大渋滞なんだそうです。

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「荒城の月」を作詞した土井晩翠は鶴ヶ城をモデルに詩を書いたと、碑に説明されています。
作曲した滝廉太郎の像は大分県の岡城址にありました。
他にもここがモデルだっていう碑はあるのだそうです。

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茶室「麟閣(りんかく)」は鶴ヶ城主・蒲生氏郷(がもううじさと)のために、千利休の子、小庵が建てたものだそうです。利休の死後、蒲生氏郷が小庵を会津に匿い、千家の再興を秀吉に願い出ててゆるされ、京都での千家茶道が絶えることなく受け継がれて行きました。戊辰戦争後は茶人宅で保存されていたものを、平成2年に元の場所に移築復元されました。

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中でお抹茶を頂くこともできます。

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躙り口 ここから入るのはちょっと大変。

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秋明菊が咲いていました。

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「戊辰前夜」の旗が翻っていました(字が裏返しだったので写真を反転しています)。

お城は広いのでしっかり歩いてたらお昼時を大分過ぎていました。
お腹空きましたね。

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お城の近くのお蕎麦屋さんで天ざる定食を頂きました。
ご飯は季節のきのこご飯。
お蕎麦が続いてますが飽きません。美味しいんですもの^0^

午後はいよいよ飯森山へ…

毎回登場する気です↓
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シニア犬健診でレントゲン撮影されるこまち  &洋子

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会津若松・戊辰戦争前夜 ②

maplemaple 会津への旅はまだ初日です。大内宿を後にして会津鉄道「塔のへつり駅」の横を通過。景勝地「塔のへつり」へ向かいました。
さて「塔のへつり」とは?

へつりという漢字が変換されませんのでネットから拾ってきました。
『岪』 こんな字ですが何となく雰囲気ありますね。
へつりとは会津の方言で川に沿った断崖のことだそうです。
工事現場で「斫り(はつり)」って聞きますね。コンクリートの土間や壁を削ったりすることだと思いますが、へつりも同じ感覚のような気がします。

会津の大川(阿賀川)が、百万年の歳月をかけて浸食と風化を繰り返して出来上がった景観です。
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つり橋がかけられています。
対岸へ渡る前に写真を撮らなきゃ。

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岸の岩が塔のように見えます。それぞれ呼び名があるようです。

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案内板に詳しく書かれていました。ライブカメラがあるので検索してご覧になって下さいね。
今は雪化粧していますよ。

対岸へ渡ってみましょう。
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川面は風がないので穏やかですが、つり橋はしっかり揺れます^^;

つり橋を渡って岩場をぐるっと歩くと、断崖の内部を見学できます。
橋向こうの右側,黒っぽく見える横穴のようなところです。
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ちょっと怖いかも…賽の河原のような景色ですね。小石を積んであります。

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虚空蔵菩薩が安置され、お参りもできますが、中は暗いし、菩薩様なので撮影はできません。

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絡みつくように生えている木々が紅葉してたらもっと良かったんですが…
足元が滑りやすいので靴には要注意!以前行けた場所でも足場が悪くなって止められている箇所があるそうです。

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川幅の広いところはゆったりとした景色です。

15時過ぎて風が冷たくなってきました。
宿泊先へ向かう途中、会津鉄道の有名な駅に寄りました。
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日本でただ一つの茅葺屋根の駅舎(ということは世界で一つだけってこと?)
「湯野上温泉駅」です。

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待合室には囲炉裏もあって和めます。
売店の販売物も楽しめて、列車の時間待ちには退屈しませんね。

横からもcamera 立派な屋根ですね。
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駅舎の横にはきれいな足湯もあります。2012年設置なのでまだ木の香りがするようです。「親子地蔵の湯」
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薄暗くなってきたので写真が撮れず…
(湯野上温泉観光協会さんのHPからお借りしました)
この足湯はホームからも利用できるので、会津鉄道を利用する際はタオル持参で行くのがお薦めspa

この日のお宿は芦ノ牧温泉。
会津鉄道の芦ノ牧温泉駅には猫駅長もいるのですが、もう勤務時間は終わっているでしょうから寄らずにお宿へ直行cardash

お宿の玄関ホールには舞台があって三味線の生演奏中でした。
紅葉シーズンちょっと前ですが団体さんも大勢いらっしゃってます。
楽しみな食事はビュッフェスタイル。
会津の郷土料理がいろいろチョイスできるのですが、この日はなんと熊本フェアもやっていて熊本名物の馬刺しもつきました。

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左のお皿が馬刺し、右の椀が会津の郷土料理「こづゆ」です。
「こづゆ」とは、貝柱や豆麩、野菜などが入った具沢山の汁で、会津のおもてなし料理の一つです。 他には「しんごろう」という五平餅のようなものもありました。
ビュッフェスタイルって一通り味わいたいと思ってもすぐにお腹いっぱいになっちゃうんですね。お代りしたのはキュウリだけです。何故かキュウリがとても美味しかったのです。

控えめな食事にしたのはデザートのためって…
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2人前ですけど並べてみました。

食事の後、別会場では餅つき大会なんかやってましたが、もう入りません。
朝食でも搗き立ての餅が出たのでお雑煮風にして頂きました。

さて2日目はいよいよ鶴ヶ城へ~ですが…つづくのであります。

最近汁かけフードに凝っている こまちdog &洋子

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